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知覧での調査を終えて
2004年3月17日
斉藤悦則(鹿児島県立短大教員)
「うるおいのまち整備事業」にかかわるアンケートの講評については、別に出されるであろうから、ここでは調査に携わった学生たちと語り合って「知覧の印象記」をまとめてみる。
1.どちらを向いて街づくりをするのか
われわれ(県立短大商経学科の教員と学生集団)は、ここ数年、県内の過疎地域の商店街のあちこちで調査を行ってきた。これまで訪問してきた各地と比べると、知覧町の中郡商店街からは「いちおう何でもそろっている」という印象を受けた。いわゆる生鮮三品も街中で買える。地元で内部充足的な消費活動が営める。
問題は、皮肉なことながら、この町は観光客が多い点にある。
中郡は、武家屋敷と特攻平和会館という二つの観光スポットに挟まれ、多くの観光バスが素通りしていく。商店街のひとびとは、それを横目で見て残念がる。観光客の一部でも街に立ち寄ってお金を落としてほしい、と願う。そういう気持ちが生じても、それは無理のない話である。
そこで、商工会も地元の消費者向けではなく、町外者(観光客)向けの方策を練るようになる。観光客がこの街のいたるところで買い物をしてくれれば、町民の懐もおおいに潤う、と計算する。
昭和通り構想は、遠来の観光客の動線を延長し、また近郷からのリピーターを増やす企てである。われわれ町外者の目には、この構想も茶屋「和」のたたずまいも、ともにそれなりに魅力的である。しかし、地元の住民にとってどうか、と考えると、かならずしも肯定的な気分になれない。
2.底浅の観光コンセプト
昭和通り構想は、いわゆる「仕掛け」で客を釣ろうとする魂胆が見え見えの企てである。おもしろいとは思うが、もうすでに類似のものが各地に存在し、新奇さに乏しい。もちろん、企画に携わる人々は、さらに新奇なものを求め、コンセプトの充実を図ろうとするだろう。しかし、その企てはそもそものレベルで一つの勘違いを犯している。
特攻平和会館の一帯なら、客を仕掛けで釣るのは有効な手だてであろう。しかし、武家屋敷に隣接する地域に、特攻がらみや昭和レトロの味わいを持ち込もうとすると、コンセプトの上で不統一が生じる。
旬彩茶屋「和」のパンフに書かれた「薩摩の小京都」というフレーズを馬鹿にしてはいけない。少なくとも町外者にとって、武家屋敷を囲む知覧の町全体の「おちついた雰囲気」が魅力的なのである。わが国や外国の古都が放つオーラのようなものを、われわれは知覧にも感じる。その街で暮らしてみたらどんな気分だろう、と観光客に思わせるのが古都の魅力のひとつである。
町のひとびとの暮らし方そのものが観光資源。だとすれば、中郡の商店街はまさしく地域住民のためのものでなければならない。内外を問わず、古都はそこで暮らす人々の日常的な買い物風景までもが観光客にとって魅力的なのだ。
武家屋敷群を見て回った観光客(ツアーの集団を除く)は、この古い町の住民の現在の生活スタイルにも興味をもつであろう。そういう観光客は、橋をこえて中郡の通りに足を踏み入れ、そこで買い物をする人々に自分もまぎれ、自分も住民の一人であるかのように動きたがるだろう。このことは、パリやロンドンに限らず、日本の古い町を観光で訪れたことがある人なら理解していただけよう。
くりかえしていえば、昭和通り構想はこうしたコンセプトと対立する。「仕掛け」で釣ろうとすればするほど違和感が増す。つまり、「ちょっと面白い」が、ただそれだけならば、知覧文化の深みに接したい人にとっとは逆効果だろう。文化とは武家屋敷などの外貌でなく、そこでの暮らしを丸ごと含むものであることを忘れないようにしたい。
3.コミュニケーション不足
知覧観光のグランドデザインと無関係なら、昭和通り構想のあれこれはたしかにおもしろい。おもしろいことをおもしろがってやる人がいるのは、街づくりに欠かせぬ大事な要素である。
しかし、町の人(アンケートの対象者)は概して冷ややかであった。他人事というより、中郡の本通りと裏通りの(動線としての)つながりがわからないからである。裏通りが栄えると、むしろ本通りはさびれるのではないか、との声もある。大事なのは本通りなのに、なぜ裏通りに力を入れるのか、と疑問視する人もいた。
これは「うるおいのまち整備事業」の推進者が、地域住民の方を見ていないことに起因する。もちろん推進者たちも、集まりを呼びかけ、話し合いを重ねてはきただろう。しかし、町道早稲田線をどう使うかを懸命に考えても、それを本通りにどう連結させるかはやはり副次的なテーマでしかなかったようだ。
また、積極的な人だけ、危機感をもった人だけ動けばよい、あるいは自助努力をする者だけが救われる、という最近流行の優勝劣敗思想もそこには垣間見える。
中郡の住民はそれを敏感に察知した。つまり、この企ては自分たちのためのものではない、と感じ取った。日々の暮らしをもっと充実したものにするための事業だとは考えられなかった。
企画の推進者たちも、みんなで楽しもうよ、と呼びかけきれなかった。ダメな人はダメ、動かぬ人はどうしても動かぬ、と観念していたのかもしれない。パソコンの達人やアイデアマンはいたのに、アイデアを共有する工夫と努力に欠けた。また、自分たちのアイデアを批判にさらして鍛え直し、深化させようという意欲に欠けた。これがコミュニケーション不足につながった。
4.薩南工業高校という宝の持ち腐れ
いま全国的に、国公私立を問わず大学・短大・高校は地域との連携を深めようとしている。そうしなければ生き残れないからである。
鹿児島市でも2年ほど前、谷山の情報高校が商工会と協力して、空き店舗を利用した活動を展開した。成功した事例とはいえないが、高校側の積極性を示すできごとであった。
さて、知覧でも通りに面して薩南工業高校がある。部活の演劇は有名だし、生活科学科などがあって、実学実習に燃えているはずだ。それを街づくりに活かさない手はない。
恒常的に店を出させ(経営させ)たり、販売品は生活科学科の生徒たちの手作りを並べたり、情報関係の生徒には商店街マップや店舗ホームページをつくらせたり……とにかく、若者が常時たむろして「雰囲気づくり」に協力する。寮も近くにあるので、夜遊びのこの界隈でさせる。
川内の綱引のケースに学べば、地元の壮年・青年・若年が入り交じるイベントをしかけると、その練習をとおして皆が顔見知りになり、朝夕のあいさつが生まれ、まちに活気がもどる(らしい)。薩南工業は演劇部をはじめ、多くの生徒たちが福祉ボランティアに参加しているようなので、同様の活動を街中で展開させるような「仕掛け」をつくりたい。
特攻会館の界隈では、婦人会や老人会の出店があるみたいだから、高校生の店は中郡か裏の早稲田線につくり、地元の住民との交流の場にしたい。これは薩南工業側にとっても「地域に活きる学校づくり」につながり、メリットのある話だと思う。
5.通過客より宿泊客
風光明媚で、どこか懐かしい雰囲気の漂う田舎町。これに「ほたる」の飛び交う姿を加えると、かなり優秀な山村留学の地となりうる。宿泊施設を新たにつくるのはムダなので、もっぱら「ふつうの家に長期滞在できる」を「売り」にして、都会の子どもを招き寄せる。彼らはひたすら街中で消費する。
昭和通り構想も、発想は同根であるが、宿泊の観点がない。どうせリピーターの増大を狙うなら、何度も訪れて長期滞在する「熱心な知覧ファン」をつくりたい。われわれの見るところ、知覧には都会人をおびきよせるさまざまの道具がそろっている。
長期滞在を可能にするのは、知覧が地元民にとっても暮らしやすく、文化の香りと味わいが深い町であることによる。
中郡の商店街は、車に乗った客は素通りさせてもよい。しかし、いったん足を踏み入れたら、しばらくブラブラしたくなるような街にしてほしい。そのためには、広めの歩道のあちこちにベンチを置いてほしい。知覧茶の産地なのだから、どこの店でも、その前のベンチに座った客には無料でお茶のサービスをしてほしい。目の前を観光バスが通り過ぎるが、バスの乗客は道路沿いでお茶を飲む人々の姿を見て「知覧=お茶」を脳にインプットするだろう。知覧=居心地のよい街、という図柄こそが、ボディーブローのように後から効いてくるだろう。
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