鹿児島県立短期大学 地域研究所
機関誌『くろしお』27-2(2002年1月)所収
巻頭言:【総括と展望】

存在感のある研究所に

斉藤悦則(地域研究所長)

 

 2001年秋,鹿児島県立短期大学は教育と研究について自己点検し,それを「自己評価文書」にまとめ,学外者によって構成される外部評価委員会に提出した。

 地域研究所は,本学と地域との連携,および本学の国際交流を担当する機関であるから,この2点についての総括を担当した。以下では,この二つの部分をそのまま再録し(第1節と第2節),外部評価委員会で示された意見も紹介する(第3節)。最後に,この外部評価もふまえて地域研究所の新しいあり方を考察する(第4節)

 

第1節.地域との連携

 地域との結びつきを担当する学内機関は地域研究所である。地域研究所は地域に開かれた大学の窓口としての機能をもっている。その機能は研究機能と教育機能の二つである。

 研究機能とは,地域研究所がその所員である県立短期大学教員を動員し,組織的に地域問題に取り組ませ,総合研究の成果を着実にあげて,地域の活性化のために自らを役立てることである。研究の成果は地域研究所が毎年刊行する『研究年報』,および不定期に刊行する『叢書』において発表される。

 教育機能とは,本学の教育サービスを学外に拡大することである。しかるに,これまでの地域研究所は教育機能の点でほとんど実績がない。

 以下では,地域研究所の研究・教育両面での問題点を明らかにし,その上で今後の展望を述べたい。

【問題点】

 研究面での地域貢献については,上述の印刷物を出すことによって一応の機能を果たしている。しかし,地域活性化への具体的な貢献という点で地域研究所はまだ積極的に取り組んでいない。これはシステムの問題というより所員の意志・心構えの問題である。

 地域研究所が地域に提供すべき教育サービスの面では,システムに関わる問題がある。すなわち,教育サービスの地域への開放・拡大は,すでに県立短大の「公開講座」という形で複合的に展開されており,これらの取り組みは地域研究所の事業となっていない。言い換えれば,地域研究所の教育機能はほとんどゼロに等しいのが実情である。

 本学の公開講座は,生涯学習委員会が企画運営するものと,附属図書館が実施する「金曜講座」,さらに県教育委員会が企画して本学が協力する「生涯学習講座」の3種類である。これらの公開講座に各学科や個々の教員が協力することで,本学における「教育サービスの開放」はそれなりに実現しているとされる。しかし,教育サービスの拡大を地域研究所が自らの本来的な任務ととらえ,それに本気で取り組もうとするとき,現状のような公開講座の多元的運営というシステムは大きな阻害要因となる。個々の公開講座の企てとその運営のしかたがすでに既成事実として存在し,本学の教育機能の大きな組み替えを難しいものにしている。したがって,公開講座以上のサービスもなかなか実施できないのである。

 以上二つのことがらの上にそびえたつ最大の問題点は,地域との連携を支える人的・財政的裏付けの欠如である。地域研究所が上記の二機能を十全に果たそうとすれば,それなりの事務スタッフと予算が必要である。現状はといえば,週に2回通ってくる筆耕(非常勤の事務員)がいるだけであり,事務用器具もほとんどなく(備品購入費は予算費目になく,図書費を流用しようとしても総額が少ないのでパソコンも買えない),研究所を名乗りながら狭い部屋を一つあてがわれているだけで,地域住民と交流するにふさわしい空間もない。したがって,地域との連携をめざす地域研究所のこれまでの「不活発さ」は,じつは研究所の「身の丈」にふさわしい活動ぶりをあらわすともいえる。

【今後の展望】

 最大の問題点の解決は当面期待できないので,それを残したまま何ができるかを考えたい。

 研究面での地域貢献について,全学的な意識変革は難しいので,地域研究所は学内における先進的な取り組みを支援するにとどめる。「支援する」とは「邪魔をしない」と同義のものである,と学内に訴える。地域研究所は鹿児島県における新しいタイプのシンクタンクとなるよう努力するが,それに向けての先駆的な取り組みを励ますことから始める。たとえば,鹿児島市が2001年4月に新設した事業創出支援施設「ソフトプラザかごしま」における本学教員の活動を励ます。本学の教員集団(すなわち地域研究所の社会科学研究グループ)は「ニュービジネス研究会」という名ですでに一室を確保し,地域に新しい産業を創出しようとする鹿児島市の企てに加わっている。国立の鹿児島大学や鹿児島高専も同じフロアにそれぞれ部屋を確保し,しかも堂々と学校名を入れた表札を掲げているが,これに対し本学はまだ県からの承認が得られないため,研究グループ名を使うしかない。

 教育面では,まずすべての公開講座の企画運営を地域研究所が一元管理できるよう,学内のシステムを改めたい。(図書館の金曜講座はなくなるが,図書館が図書館教育にかかわることがらについて公開講座を企画するのは自由である)。その上で,地域研究所は大学教育のいわゆる「エクステンションセンター」機能が果たせるよう,さまざまの企てに取り組む。

 

第2節.国際交流

 鹿児島県は「南に開かれた玄関口」を標榜し,個性ある国際化の方向を追求している。本学も県の方針を支え,県民のために役立ちたい。

 そこで本学はまず東南アジアとの交流をめざし,人口および天然資源の大国インドネシアとつながりをもつことから始めた。1991年のことであった。さらに,環太平洋という視点での国際交流を前進させるため,ハワイとの結びつきを始めた。これは1994年のことである。

 その後の経緯については『県立短期大学50周年史』が詳しく紹介しているので,ここでは『50周年史』で省かれた部分についてのみ記す。すなわち,中国との交流である。

 1994年に福建省の研究機関との学術交流事業を企て,当時の地域研究所長が中国にわたり,福建社会科学院や福建師範大学などを訪問し,協定校を探した。福建社会科学院が積極的な姿勢を示したので,話し合いを進める一方,鹿児島県に1995年度の予算要求を行ったが認められなかった。中国側は95年度の予算執行計画に盛り込む努力をおこなっており,本学は相手側に礼を失する形になった。

 本学は予算措置がなくても当面実現できる事業を行おうとした。1995年春には,中国福建省から社会科学院副院長と省の企業進出出口公司職員が,本学を表敬訪問し,学術交流の可能性について意見交換した。

 しかし,鹿児島県はそれ以後も本学と中国との交流推進予算を一貫して認めようとしなかったため,福建省の教育研究機関との交流企画は潰れてしまった。県が認めない理由はごく単純である。県立短大はすでにインドネシアおよびハワイと交流をしている上に中国を含めて3校との交流は無理ではないかというのが設置者側の理由である。

 予算増加を伴わずに中国との交流を進める方途を県に向かって提言したこともあるが,とにかく費目のなかに「中国との交流」を入れることは認められなかった。県立短大が教育・研究・交流活動を活発化し,その存在をより鮮明にしようとする努力を設置者としても評価していただきたい。

 一方,県の国際交流課は,県と関係の深い江蘇省の大学と本学が交流を進めることを望ましいとした。本学はその声に励まされながら,1998年来,江蘇省の大学・研究機関に適当な交流相手はいないか模索してきた。2000年から学内で挙がっている北京大学にも目を向けている。2000年夏,商経学科は北京大学光華学院の教授を招き,中国におけるMBA教育のあり方を語ってもらうとともに,本学と光華学院との交流の可能性を語り合った。

 2001年に入り,事務局長が国際交流のため積極的に動き,2002年度の予算には中国との交流が費目として挙げられることになった。国際交流予算が増えたわけではないが,少なくとも「中国」の名前が載っただけでも前進であろう。

 

第3節.外部評価委員の意見

1)「国立の鹿児島大学でさえ自己改革につとめ,地域のための大学へと変身しようとしている現在,県立であるこの短大の存在意義はどこにあるのか」

 一委員が鋭く問いかけた。そして,「それは教育をとおして地域活性化に一段と積極的に貢献することだろう」と自答する。鹿児島県は鹿児島大学に多くを期待するが,それはしばしば空しい。県内の企業が求める人材は,躾ができていて(ちゃんとあいさつができ,分をわきまえ),教養のある(上司のいうことが理解でき,かつ応用力を備えた)人間なのだが,これはむしろ短大の方で育てられるのかもしれない。また,そうした学生を育てようとする教員たちは,地域の要請に対しても敏感のはずだから,同時に地域のための教育・研究活動にも貢献しうるであろう。

 たとえば,県内の中小企業が新しいセールスの技法や販路の開発などについて勉強会を開こうとしても,鹿児島大学からは講師が得られない。地元商店街をどう繁盛させ,どうやって店の売り上げを伸ばすか,は地域にとって大問題だが,そうした問題について取り組み,アイデアを提供してくれるのが県立の短大ではないか。

 このように垣根の低い,地域密着型の短大としての充実が求められた。そして,その方面での自己PRの不足も指摘された。すなわち,地域との交流,地域への発信を担当する地域研究所の働きが重要なのである。

 

2)「地域との結びつきを担当する地域研究所において,教育機能の実績はないというが,3学科との連携はどうなっているのか。公開講座などによる地域貢献で,地域研究所が全学的な教育サービスの統括的な役割をはたすべきではないか」

 この意見については,県立短大の学長も「ご意見のとおりである」と答えた。

 

3)「国際交流について,相互・双方向交流をめざすのであれば,留学生の受け入れ体制も必要になってこよう。しかし,そもそも,そういうニーズがあるのか。また,現状で受け入れは可能か」

 受け入れ体制については,「宿泊施設」や「生活費援助」(これが大問題ではあるが)を除けば,システムは存在している。したがって,この質問は県立短大の自己PR不足に由来するともいえるが,国立の鹿児島大学が備える留学生のための宿泊施設などを模範とするならば,この質問は鹿児島県(設置者)の姿勢の弱さをつくものである。

 

4)「国際交流はセレモニーではなく,異なる文化を本音で語り合える環境づくりが大切だ。その交流のなかで異者への思いやりの心を育てたい」

 これについても「おっしゃるとおり」と答えるしかない。

 

第4節.地域研究所も変わる

 地域研究所は,第1節で紹介した悲惨な内情とは裏腹に,外部からはきわめて積極的な役割を期待されている。外部評価委員会から示された期待は,しかし,内部の教員集団に大変な意識改革を迫るものであった。県立短大の教員はもはや太平楽をきめこむわけにはいかない。まどろみのうちに死にたいと思っても,それも許されない。

 これまでの地域研究所は,大島紬の研究など散発的に「良いしごと」を組織してきたが,基本的には内向きのしごと(個人研究費の追加配分)を担ってきた。地域との連携や国際交流に「本気で」取り組むことは,学内はもちろん,設置者からさえも期待されてこなかった。ある意味ではとても楽ちんな環境ができあがっていた。研究旅費などの配分を受けても,報告書を作る必要もなく,ましてや論文の形での還元が義務とされることもなかった。

 自己点検・自己評価の文書づくり,そして外部評価委員会の発足で,こうした環境も過去のものとなりつつある。

 2年前(2000年)の5月,地域研究所長[斉藤]が掲げた活動方針案はいささか状況を「先取り」すぎて,しばらくのあいだ「空文句」のように扱われたが,現在の時点ではいずれも至極まっとうなものに見えないだろうか。

 たとえば,地域との連携について,つぎのようなテーマを挙げた。

1)県短周辺地域との関係改善

@地元商店街との結びつき
 地域サロンの開催,商店街HPづくりへの協力

A近隣の障害者施設との結びつき
 ハートピア,県立盲学校など

B文教地区づくりのための働きかけ

C近隣の小中学校の「総合学習」支援

2)大学教育エクステンションセンター機能を引き受ける

@高齢者のためのパソコン教室などの開催

A生涯学習委員会を地研に吸収合併する

Bサービスを事業化するためNPO立ち上げ準備

3)シンクタンク機能を兼備し,広く認知させる

@高齢者,障害者,女性にやさしい県づくりのための提言を発信する

A県内市町村の活性化プランづくりへの協力

 こうした企ては,方向性としては正しいと認知されながらも,2001年度の活動方針案から削除された。なぜなら,企てを実行する学内環境が整っていないからである。また,学内の環境を整えるために地域研究所長が発揮すべきリーダーシップ,これも欠落していたからである。

 地域研究所の新しい企てを実行するには,それにふさわしい空間(建物あるいは部屋)を確保しなければならない。たとえば,地域サロンのようなものを学内で開催できるようにしたい。地研所長は,学内の遊休施設である木工室に目をつけ,地域研究所をそこに移転するアイデアを思いついたが,学内の「民主的な手続き」をふまえながら前進する粘り強さに欠け,アイデアを語るより先に意欲を喪失してしまった。

 必要なのは空間ばかりではない。サポートする事務体制,すなわち人員も確保しなければならないだろう。大学教育のエクステンションセンター(教育機能の拡大),あるいは地域のシンクタンク(研究機能の拡大)を構想すれば,当然そこまで考えが及ぶ。県立短期大学の事務局の人員配置が見直される。これも学内的には大問題である。

 しかし,これは近い将来,学内の思惑とは無関係に(つまり嫌でも)取り組まなければならないことがらである。時代がそれを要請している。地域の役に立たない公立大学・研究所は存在価値がなく,したがって存続を求めるのであれば地域貢献で具体的な実をあげねばならないである。基礎研究や普遍的価値の追求をも任務とする国立大学・研究機関とはその点で異なる。あちらは地域性を超えなければならないが,こちらはどこまでも地域性にこだわらなければならない。

 さいわい,2002年4月から地域研究所長がかわる。新しい所長は瀬戸口照夫教授(生活科学科)であるが,彼は胆力と人心掌握力をそなえる。学内の教員集団を大きくたばね,つき動かす力である。瀬戸口所長のもとで地域研究所は大きく変化するであろう。大きく変化した地域研究所は,鹿児島県立短期大学の華となる。地域に根ざし,地域を活かす大学として発展してゆく本学の,中核的な存在となる。そして,地域研究所が存在するおかげで県立短大そのものにも光が当たる,そういう時代が来る。

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