『商経論叢』(鹿児島県立短大)2002年3月刊(予定)への投稿論文

ITと地域づくり
――鹿児島の新しい可能性――

斉藤悦則

 IT革命で経済も地域生活も良くなる,などと明るく語られたのも今は昔。最近ではITといえば不況という言葉がすぐさま連想され,ITのイメージはかんばしくない。しかし,そもそも進取の気性にとぼしい鹿児島では,IT革命は遠い雷鳴にすぎず,音が聞こえただけで風はほとんど感じられないうちに騒ぎは終わってしまったかのようである。

 これはある意味では幸せなことであった。ITはまさにテクノロジーであるがゆえに,こむずかしい理論やめんどうな操作技法の習得を必要とするように見せかけ,一般の人々を容易に近づけさせなかった。つまり,ITの秘める革命的な内容がほとんど理解されないまま,このところ幻滅だけがふくらんでいる。鹿児島の人々はもともとIT騒ぎと無縁だっただけに,ITへの幻滅とも無縁なのである。

 端的にいえば,IT革命のおいしい部分は鹿児島のような地域でこそ味わえる,そういう時代が到来した。周回遅れのランナーがトップランナーのように見えてくる。本稿は,鹿児島で開花するITの新しい可能性を追求する。

 

IT革命の神髄

 IT革命が何であったか,については西垣通(東大大学院情報学環教授)が岩波新書『IT革命』(2001年5月)で上手にまとめている。それは「誰もが情報を持てるようになる」ことである*1。「エリートにかぎらず一般の人々も,自在に情報を蓄え,編集し,更新しあうことが可能となるのである」*2

 IT革命を生産効率向上や新しいビジネスモデルにつなげようとする風潮があった。西垣はそれを視野が狭いと断ずる。ITで景気が良くなる,などと期待するのは貧困な発想だというのである。

 ITの進歩は,人々の暮らしのあり方そのものを変え,一人一人がそれぞれの人生の主人公となって,まさしく主体的に生きていくことを可能にするはずだ。IT革命と呼ばれるゆえんはここにある。と,このように主張する西垣の声に耳を傾けていると,われわれはまだその入口の近くをうろついているだけと思い知らされる。

 はっきり言えば,現段階の技術でもわれわれが情報にアクセスしたり,編集したりするのはきわめて容易になっている。「その気」さえあれば,われわれは誰もがIT革命の恩恵をこうむって,「主体的」で「能動的」な生き方を今この場で構築し始めることも可能になった。それなのに,われわれはあいかわらず旧来パターンのなかにとどまっている。要するに「その気に」なれないでいる。このことの背景には,IT=テクノロジー=理科系の話=むずかしい,と連想する考え方がありそうだ。

 鹿児島の場合,ITはベンチャービジネスの創出につながらないばかりか,せいぜいIT講習会とかでお上(お役所)が下々の住民向けに啓蒙活動をする程度の話題にとどまる。これらはいずれもIT革命の神髄が理解されていないことによる現象だが,ではなぜ神髄が理解されないのか。それはそもそも「とんがった生き方」がこの地ではあまり好まれないからである。もちろん,鹿児島の若者のなかにも能動的でクリエイティブな個性の持ち主もいるが,そういう若者は親からも学校の教師からも東京などに出てゆくことが励まされ,残る「その他大勢」組はいわゆる兵隊としてルーティンワークをそつなくこなす程度の力量や,上の命令に黙って従う(議を言わぬ)性質が求められる。県外者がしばしば驚くように,鹿児島県では小学生は似合おうが似合うまいがおかまいなしに,むりやり紅白の帽子をかぶらされて通学している。また,どこかの社会主義国のように,道路のあちこちには道徳標語が掲げられ,通行者にお説教を垂れる。

 IT革命は,その神髄にふれた人々の内部に独特のマインドを醸成するが,そのマインドを身につけると人々はこのような鹿児島で生きにくくなる。したがって,鹿児島ではIT革命の神髄にふれるような企ては起こしにくい。IT教育も,お上(お役所)が下に向かって授ける形が一般的なので,必然的にIT革命の神髄に近づかぬよう配慮されたものとなる*3

 ここで鹿児島の後進性をきわだたせるために,他県の先進的なケースを紹介してみたい。

 北海道の僻地校で平成7年度から6年間おこなわれた,文部省のすすめるマルチメディア活用方法研究開発事業の報告がある*4。報告者である佐古氏(北海道天塩郡幌延町立問寒別小中学校教員)によれば,この学校では子どもたちに獲得させるべき力量をつぎの三つと見定めた。すなわち,情報の受け手としての能力,創り手としての能力,活かし手としての能力である。これが高度情報化社会を生き抜く力だという。メディアリテラシーとも呼ばれるが,その教育によって「批判的思考法」の育成も期待される。

 名古屋大学教育学部付属高校で取り組まれた特設教科「総合人間科」の実践報告でも,情報教育をつうじて「生きる力」を育てるのがその狙いだとしている*5。報告者(山田孝)によれば,情報教育を受けた生徒たちは「自らの生き方も真剣に考え,社会に対しても積極的に働きかけようとする姿勢が見られる」という。

 まさにIT革命の神髄をとらえた教育がよそでは実践されているようだ。IT革命は人の,あるいは人々の生き方を変える,そのことがしっかりと見据えられている。

 

メディアの革命

 インターネットはブロードバンド時代に入り,動画を含めますます多様のコンテンツを享受できるようになった。が,しかし,それはIT革命の本当の中身ではない。送られてくる情報を受け取るだけならば,テレビのチャンネルが増えたのと同じ程度の変化にすぎない。また,検索の技法を個人的にみがいて,「ほしい情報」を即座に入手できるようになったとしても,それは新聞や書籍から情報を入手する技法の単なる延長線上にあるものにすぎない。

 では,インターネットはどこが新しいのか。

 これについては橘川幸夫(デジタルメディア研究所)がその近著のなかでずばりと答えている。

 「インターネットは情報を受信する場ではなく,情報を発信する場である。このような認識の先にしか,次の時代の「情報の質」は現れない。……インターネットは読む場所ではなく書く場所である。……そして,この動きを敷衍していった時に,はじめてインターネットをベースにした新しい社会構造が立ち現れ,新しい意味をもつコンテンツが見えてくるはずである。」*6

 インターネット上では,IBMのサイトも鹿児島の個人商店のサイトも見え方はイーブン(ちょぼちょぼ)である。われわれはインターネットのおかげで,はじめて巨大メディアと対抗できる力を得ることができた。これまでは資金や名声とかがなければ,個人の意見を「広い世間」に向けて発表することなどできなかった。橘川幸夫はこれをやや大げさに「権力者や資本家……がもっていた権力装置を個人がもつようになった」とか,携帯電話でさえ「世界に向けての入力デバイスになっていく」と表現するが,ポイントはついている。個人が個人のままで勝負できる時代が到来したのである。

 個人が情報を発信するということは,発信する意欲がかきたてられること,発信する術を鍛えること,発信する中身(コンテンツ)を豊かにすることとワンセットでなければならない。自分が何者であるか,何者でありたいか,他者とどう関わりたいのか,他者とどうしてつながりたいのか(あるいはつながりたくないのか)を自問せざるをえない。

 もっと刺激的にいえば,自分は生きるに値する生き方をしているのかを自問することになる。自分をとりまく外界(地域・職場・環境)はそこで生きるに値する状況になっているのか。これは西垣通の根本的な問いかけでもある。「IT革命後,われわれは生きる意味を見いだせるのか,生きがいをもって暮らしていけるのか」*7

 誰もが放送的な通信のメディアを自由に使えるようになると,生活の質も大きく変化する。自分が今いる,この居場所がそのまま自分の活躍を可能にさせる場となるので,田舎・過疎地での暮らしはそれまで抱えてきたマイナス面を大きく減じる。発信を始め,発信を続けていくと,発信すべきことがらを自分の内側で豊富化する必要が痛感され,自らの日々の暮らしをじっくりと見つめる(哲学する)ようになる。言いたくてたまらないこと,言わずにはおれないことをもつ人間は,このメディアのおかげで自由に自己表現ができるようになり,至福の時代を迎えたのである。

 

人とつながる

 わが国でもインターネットの常時接続があたりまえの環境になりつつある。このことは単に利用者にとって使い勝手が良くなったことを意味するにとどまらない。橘川幸夫の立論の要をなす言葉を借りれば「つながりっぱなしの世界」が出現するのだ。そのことの「革命的」な意義は橘川によってたっぷりと語られているから,ここではくりかえさない。むしろやや平凡な方向に話をズラしながら少し展開してみたい。

 インターネットを初体験したとき,人は世界のどこの地域の情報も簡単に入手できることにまず感心・感動する。やがて検索のテクニックを磨き上げていくにつれ,自分の欲する情報のありかへスピーディーに到達できるようになる。また,かりに自分の趣味がかなり「特殊」でもインターネットを徘徊すれば「同好の士」を見つけることができるだろう。電子掲示板(いわゆるBBS)でいろいろ興味深い意見を読んでいるうちに,自分でも書きこみを始めたりする。いよいよ発信者となり始めるのである。それから少し時間がかかるだろうが,自分でWebサイト(いわゆるホームページ)を開設する。そして,日常的に内容を更新しなければホームページを開いた意味がないと思い始める。

 凡庸なパターンだが,この道に入ることによって人は自分が「参加型社会」にいることを実感するのである。すなわち,代弁者,代理人,代議員(代議士),仲買人を必ずしも必要としない時代,関心(利害)のある者どうしが直接交流しあえる時代にさしかかったのだと感じる。

 インターネットでは,見る者と見られる者は同一である,あるいは少なくとも同一であるべきという倫理めいたものが自生する。自由な書き込みを求める電子掲示板で,いわゆるROM(Read Only Member,これはもちろんRead Only Memoryのもじり)と呼ばれる人は,やがて書き込みをせず読むだけの自分を恥じるようになる。インターネットからさまざまな情報を引き出して得意になっている人は多いが,人からもらうばかりで自分からは何もさしださないのは互酬性の原則に反する。旧来の放送メディアで,大衆は情報の単なる受け手だったが,そのときのような受動性は新しい時代の倫理では「悪」に転化する。こうして情報発信は,まずは個々人の意欲の問題であったのだが,しだいに倫理的な要請に変わっていく。

 常時接続の環境のなかで,われわれはさまざまの人との新しいつながりを体験する。バーチャルな(という言葉ももはや古臭いが)人間関係は新奇な分だけ興奮を誘い,旧来の生の人間関係の「うっとうしさ」がない分だけ結びつきが軽やかになる。しかし,この種の興奮や軽やかさはじつは旧メディア社会の特質であった。テレビ画面から日々流れ出てくるお祭り騒ぎに,単なる見物人として関わり,ものごとに本気で取り組む真剣さを嘲笑する姿勢が,これまでの社会のなかでの「正しい」生き方であった。しかし,参加型社会を生きる人間の姿勢は,これとは正反対のものとなる。そうした姿勢は,インターネットでさまざまの新しいつながりを経験していくうちに,しだいに身についていくだろう。バーチャルな人間関係の「軽さ」の良さを味わった後で,自分がほんとうは何を求めていたのかを知るのである。それは生身の人間と「重たく」つきあうことで,自分の人生の厚みを増したいという「生きがい」の追求である。

 

Face-to-face

 インターネット上で意見のやりとりがなされるとき,しばしば対立が激化したり,中傷や口汚い攻撃の応酬になる。これは相手の顔が見えないことによる。このことから,ネット社会での「人づきあい」を有益かつ円滑化するには,生身の出会いによる補完がどうしても必要となる。

 西垣通はいう。ネット社会が「うまく機能するためには……リアルスペースにおける直接の出会いや対話が,ぜひ約束されなければならない。……いわゆるオフ会の絶大な効果は周知の通りなのである。自宅勤務というシステムが普及しにくいのは,この単純なことがらが無視されているからに他ならない。……サイバースペースで連絡しあうだけで稀にしか会わない人々のあいだでは,次第に意思の疎通が難しくなっていく。」*8

 インターネット時代の表現術という副題をもつ新書『情報デザイン入門』で著者の渡辺保史も同様の指摘をしながら,さらに発想をふくらませる。

 「いままで,インターネットといえば「世界へ向けて情報発信」といういささか空疎なフレーズが幅をきかせていたが,顔の見えやすい,比較的短時間で移動できるローカルな範囲のコミュニケーションをインターネットによって重層化することは,面白い効果を生むことになる。ふだん自分たちが生活している地域のなかにも,従来のメディアでは取りこぼされ,知ることができなかった地域のさまざまな情報にアクセスできること。住んでいてもなかなか出会うことのない人々と親密にコミュニケーションを交わせること。」*9

 2001年になって出されたインターネット関係書籍をあれこれ眺めていると,サイバースペースへの過度の信頼や期待を戒めるのが今日の主な潮流のようである。そこからひるがえって人間同士の生身の交流,地域生活へのこだわりが賞揚される。これはだいぶん世の中が落ち着いてきたことを示す。

 私の結論が少し見えてきたと思うが,鹿児島のような地方での暮らしが一転して高く評価される時代が到来したのである。これからは世界が相手,世界に向かって飛翔しよう,などという流行言葉を聞き流し,お上がすすめるIT教育も「適当に」処理してきた鹿児島の一般大衆であるが,これまでの「遅れ組」が今や一挙に「先進例」に変貌する,おいしい時代を迎えようとしている。

 もちろん,これはインターネットの作法を一定程度身につければ,という条件がつく。すなわち,インターネットを地域生活に活用する視点を獲得すれば,鹿児島県民はいままでの遅れを一挙に挽回し,日本で一番暮らしやすい地域をつくりだすことができるかもしれないのである。

 この方向での中途半端な経験が東京都の多摩地区にある。中途半端というのは「インターネットの利用度が不十分」だし,「これなら鹿児島県の方が地域力の面でより先まで進める」の意である。

 コミュニティが希薄化し,地域力が低下している現状に対して,インターネットを利用して地域の活性化をはかろう,というプロジェクト「多摩・未来」が1999年末から進行した。

 この企てについての紹介論文を書いた生田茂(東京都立大)によれば,インターネットの利用とはメーリングリストの利用にほかならない。地域のかかわる諸問題(里山の保全,モノレールの開通,三宅島から避難してきた人々の暮らしなど)について,メールで意見を交わしあう。これによって住民のあいだに「参加」の意識が芽生えたという*10

 そうかな,と疑う気持ちもわくが,生田の結論部分にはそれなりの真実味がある。生田はいう。「人と人が会いたくなる,そんな活動を支援する,インターネットのコミュニティの日常的な活動が大切である。インターネットのコミュニティは,リアルなコミュニティ(集まって語り合う,学びあう)の構築を促す働きをもつ」。

 

ふたりの宝石商の物語

 ここで私の個人的な友人の話をしたい。私の友人に宝石商が二人いる(両者は知り合いではない)。この二人はともにインターネットを利用して商売をしているが,その成果がきわめて対照的なので紹介したいのである。それぞれのホームページをお知らせできないため,以下の話は単なる物語として受けとめていただきたい。

 一人は渋谷のビルの一室を借り,宝石の仲介業のような商売をしている。ココ山岡が消滅する前までは,そのおこぼれにあずかり,ずいぶんおいしい思いもしたようである。最近では楽天市場という有名なバーチャル商店街に出店しているが,これも新しい儲けにつながると信じてのこと。楽天市場のなかにある彼の店のホームページを眺めると,商品の画像が値段とともにズラズラと並んでいるだけ。目玉はベビーリングのプレゼントで,申し込んで抽選に当たればもらえる。楽天市場の本部からの指導で,店はこうしたプレゼント作戦により顧客のデータを集める。申込者は宝石に関心のある人々だから,メールで案内を出せばじっさいに注文してくれるようになるかもしれない……。

 甘かった。ネットショップを開いて1年たち,約1万人もの「顧客」リストもできたが,じっさいに注文してくる客はほとんどいない。儲けているのは出店料をとる株式会社楽天(三木谷浩史社長)だけだろう,という。

 もう一人の友人は関東の地方都市で店を開いている。彼が開設しているホームページの目玉は電子掲示板だ。かつて有名企業につとめ,海外勤務も長かった彼は,自分の趣味である絵画やワインについて語りたいことがあるようだ。また,大学で歴史を学んだ彼は,日本における歴史教育についても自分の信条を語ろうとする。趣味や信条を語れば同好の士が呼応する。また,もともと人柄がよいので,古くからの友人も多く,彼の掲示板はアクセス数を加速度的に増やしている。そして,ここで興味深いのは彼のホームページを見て(あるいは,掲示板に書かれている彼のうんちく話を読んで)彼の店で宝石を買う人がいるということである。

 宝石のような商品は信用できるところで買いたい,と人は思う。彼が書いているものを読めば,彼の人柄のよさが理解できるし,店の構えや本人・家族の姿も画像で見ることができる。彼の近所に住む富裕層(宝石をくりかえし買えるほどの人々)も,彼の趣味に共鳴してお得意さまと化している。

 つまり,インターネットが商売に結びつくとすれば,それは地域向けに活用された場合が一番顕著だ。その人の人柄,その生身の姿がよくわかるような形で情報が発信されてこそ,インターネットは商売に役立つもののようである。

 

ITでまちづくり

 『変わる商店街』(岩波新書)で著者の中沢孝夫はバーチャル商店と商店街を対比して,けっきょく商売のコツは共通であると指摘している。すなわち,「最終的にはフェイス・ツー・フェイスの密度の形成の問題に帰着する。つまり,買う気になる関係の作り方である」*11。そして,地域の商店街にフェイス・ツー・フェイスのコミュニティがもしほんとうにあるならば,この商店街はネット販売に客を奪われる危機などとは無縁であるばかりでなく,それよりもっと大きな問題とされる郊外の大型店との競争にも負けないだろうという。少し高くてもここで買いたいと思わせるからである。

 地域産業振興戦略を説いてまわっている関満博(一橋大)も,「人の姿の見える」市町村こそが有効な地域活性化を企てうる適正規模だと考えているようだ*12

 ITを地域活性化につなげる点で,関がしばしばもちだすのは「SOHO Cityみたか」の実験である。関がそこで重視している部分は,私が本稿で述べようとしているIT活用の方向性とは異なるが*13,人と人のつながりが新しいビジネスの生成をもたらした話,高齢者が地域活性化の原動力になる話などは鹿児島県民にとって傾聴にあたいする。

 とりわけ泣かせるのは,アジアとの競争に疲れた中小企業の経営者に,国際競争と無縁の領域に向かえと説くところ*14。それは「私たちの身の回り,地域を豊かにする」領域である。具体的には,節度ある食生活,落ち着いた住まい方,不安のない環境,不安のない老後の福祉,の四つが挙げられる。関はこれを事業分野として列挙したのであるが,よく見るとこれらは鹿児島県民が日常的に享受していそうな部分,わずかながら鹿児島県を他県より優位にしてくれる領域ではないか。

 鹿児島県は他県が目標にすべきあり方を軽々とクリアしているのである。これは図らずも鹿児島県が旧来の枠組みのなかでずっと遅れをとってきたおかげなのだ。IT革命は旧来の構図を逆転させ,鹿児島を最先進県にする状況をつくりだす。そのことが県民のあいだで広く自覚されるようになれば,県民のマインドにも変化が生じるかもしれない。すなわち,IT革命期のトップランナーとして,地域情報,個人情報の積極的な発信者になろうとする意欲もわいてこよう。

 IT革命のおかげで,鹿児島は人と人との交わりが心地よく(遠すぎず近すぎず),高齢者にとって生きやすく(活躍の場面がたっぷりあり),住んで楽しい地域に変貌する。高齢者(あるいは障害者)にとって住みやすい地域になれば,Uターン,Jターン,Iターン組が増え,高齢とはいえ良質の労働力が地域にあふれれば,新しいビジネスの形成も期待できる。鹿児島はこうしてふたたび維新のさきがけとなる。若者がダメなら高齢者がとんがろう。

 

  1. 西垣通『IT革命――ネット社会のゆくえ――』,岩波新書,2001年5月,10頁。[戻る]
  2. 同上,34頁。[戻る]
  3. 鹿児島県での実践については,『社会教育』(全日本社会教育連合会)2001年4月号所収の梶原末廣「第7回鹿児島県マルチメディア教育研究大会報告記」も参考になる。マルチメディア教育の目的は「視野を広げること」とか情報活用の実践力を身につけることだとされるが,それで何がどう変わるのかについてはあまり考えられていないようである。「つながる心」など,もっともらしい言葉も上滑りのまま。[戻る]
  4. 佐古勝則(北海道天塩郡幌延町立問寒別小中学校)「高度情報化社会に生きる,子供たちに必要な力,情報の3つの手」『コンピュータ&エデュケーション』(コンピュータ利用教育協議会)第9巻,2000年12月,29〜35頁。[戻る]
  5. 山田孝(名古屋大学教育学部付属高校)「生きる力を育てる総合人間科の取り組み」『コンピュータ&エデュケーション』(コンピュータ利用教育協議会)第10巻,2001年5月,70〜74頁。[戻る]
  6. 橘川幸夫『インターネットは儲からない!』,日経BP社,2001年6月,49〜51頁。[戻る]
  7. 西垣通,前掲,6頁。[戻る]
  8. 同上,171〜172頁。[戻る]
  9. 渡辺保史『情報デザイン入門』,平凡社新書,2001年7月,223〜224頁。[戻る]
  10. 生田茂(東京都立大学)「地域コミュニティにおけるインターネットの役割」『コンピュータ&エデュケーション』(コンピュータ利用教育協議会)第10巻,2001年5月,43〜49頁。[戻る]
  11. 中沢孝夫『変わる商店街』,岩波新書,2001年3月,106頁。[戻る]
  12. 関満博「地域経営と中小企業――東京都三鷹市の地域産業政策の実践」『都市問題研究』第52巻第6号,2000年6月,33〜43頁。[戻る]
  13. 関満博『地域産業の未来』(有斐閣,2001年5月)は上記の論文も含めて,国の内外の中小企業を実踏した上での諸提言をまとめたものであり,ITという言葉もしばしば登場するが,それはすべて「ものづくり」,製造業に直結した限りでの話である。私がIT革命の「神髄」と見たものはそこではまったく無視されている。[戻る]
  14. 同上,90〜92頁。[戻る]

[2001年9月15日脱稿]

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