2004年
 つぶやき

9/1
◆ムスリム並の早寝早起き
 8時半からの授業の出欠をとるのがぼくの仕事だ。
 昨夜は8時半に寝て、今朝は6時起床。
 途中、蚊に起こされたが、蚊取り線香はない。
 壁時計のチクタクもうるさいので、電池をはずした。
 ベッドの固さはちょうどよい。

◆久しぶりのバンドンの街
 授業は17時までだが、ぼくはヒマだ。
 講師控室みたいなところで本を読む。
 秘書のような人が親切に新聞をもってきてくれるが
 すべてインドネシア語のものばかり。
 10時ごろ、学校を抜け出て、市内バスに乗る。
 軽のバンを改造したみたいなやつ。
 Angkot(アンコッ)といい、12〜3人は乗れる。
 久しぶりに乗れば、最低料金500ルピア(7円)だった。
 ちょっと長めに乗ると1500ルピア(20円)。
 料金は客が自分で決める。
 街の中心部で降りて、雑踏の中を歩く。
 バスを乗り換えて、大型ショッピングモールにも行った。
 BSM(Bandung Super Mal)は最近できたばかり。
 中はきれいだが、客の姿はあまりない。
 映画館の料金は1万5千ルピア(200円)で
 もう少し時間があれば入りたかったな。
 昼食はケンチキに隣接したテキサスチキンにて
 鶏1ピース+ビーンズスープ+ご飯=1万2千ルピア也。
 味はケンチキよりはるかに劣る。
 午後2時、タクシーで学校に戻る。(1万6千ルピア)


9/2
◆ Warnet(ワルネッ)
 インドネシア版のインターネットカフェ。
 午前中、試しに入ってみた。
 日本語を読むことはできる。
 料金は1時間3千ルピア(40円弱)と安いが
 速度はめちゃくちゃ遅い。
 それでもゆっくり日本のニュースを読むことができた。

◆律義
 朝、パジャジャラン大学の学長夫人が教室に来た。
 ぼくにお金=5千円を返すためだった。
 あれは3〜4年前、学長一行が鹿児島を訪れたのは秋。
 ちょうど、うちの学校では学園祭が開かれていた。
 学長一行も屋台を設け、夫人は装身具を売った。
 その一つを買った日本人が後で返品に来た。
 留め金が壊れていたからだ。
 もはや学長一行は去った後なので、ぼくがお金を払った。
 ぼくがそのとき国際交流の担当者だったからだと思う。
 立て替えたお金が5千円。
 どういう経路からか、その話が伝わっていたらしい。
 誇り高い夫人はこれですっきりしただろう。
 しかし、昔のことを忘れていたぼくはかなり驚いた。


9/3
◆バンドンの雨
 雨季はまだなのに、2日間、雨にあう。
 降れば土砂降り、といった具合。
 学校の前は少し坂になっているせいで
 道路が激流と化し、見物する分には楽しい。
 上流からゴミがどんどん流れて来ては去っていく。
 雨が上がり、少しきれいになった道路を
 歩いて郵便局まで行き、絵はがきを出す。
 切手代4500 Rps.(50円)なり。

9/4
◆早食い
 インドネシアでは何を食べてもおいしい。
 昼食のとき、うちの学生たちに笑われた。
 ぼくの食べ方はビデオの早送りみたいだという。
 かなりガツガツ食べているらしい。
 そうかもしれない、と思う。
 ホストファミリーといっしょに夕食をとるが
 そのときもやはり早食いをしているにちがいない。
 浅ましい姿をさらけだしているわけだ。
 一瞬反省したが、もはや手遅れ。

9/5
◆サタデーナイト
 インドネシアでは土曜の夜(Malam Minggu)は
 誰もが外に出て遊ぶのだ、という。
 じっさい、あちこちの屋台に客があふれ
 道路はどこも渋滞していた。
 ぼくは結婚披露宴に連れて行ってもらった。
 かなり盛大な宴会で、室内に屋台が並ぶ。
 ぼくもあれこれ、少しずつ食って回る。

9/6
◆ Imitasi (英語なら imitation)
 日曜で授業がなく、学生たちはひたすら買い物。
 元気よく朝から偽ブランド商品の店に行く。
 帰国のさい税関で没収されるかもしれないのに
 学生たちは嬉々としてバッグなどを買い漁る。
 学生と海外旅行をすると必ずこれだ。
 なんだか文化度が低いようで恥ずかしい。

9/7
◆ぐるぐる
 読むべき本を持参しているが、このごろは放置。
 市内を網羅する小型乗り合いバスに乗って
 ほとんどあてもなく市内をグルグル回っている。
 まちがって町外れに行っても平気だ。
 タクシー(1万ルピア=130円前後)で帰って来れる。
 バスは住宅地の小道を走るので楽しい。

9/8
◆英字新聞を買う
 バンドンでも高級ホテルには The Jakarta Post がある。
 街中でこれを求めようとすると、存外むずかしい。
 いくつかの大型書店にしか置いてないからだ。
 毎日バスに乗って遠くの本屋まで買いに行く。
 今日は昔泊まったことのあるホテルに立ち寄ってみた。
 新聞は売店になく、ロビーに置かれた分しかない、という。
 帰りかけると、ボーイがロビーの分を手渡す。
 もちろん、ふつうの料金をとられた。
 さんざん読まれた古新聞なんだけどな〜。

◆ご飯のおかわり
 夕食は、バンドンの北、丘の上のレストランで食べる。
 夜景がきれいなところで、音楽の生演奏もある。
 ホストファミリーの招待である。
 オックステールスープ(ご飯付き)250円。
 インドネシアの家庭料理だそうだ。
 さあ、食べようとすると
 一緒に来た娘から「Extra Rice」も取れ、とアドバイスされた。
 ぼくは大食漢だと思われているわけだ。


9/9
◆お買い物
 学生たちの買い物熱につきあう形で
 ぼくも革ジャンを物色している。
 バンドンは革製品でも有名なところだからだ。
 授業の一環で縫製工場を見学したさい
 その直売コーナーで一着買ってしまった。
 ちょっとダブダブだったけど、学生たちが拍手するし
 値段も3千円弱だったので、つい勢いで……。

9/10
◆バスの路線図
 バンドンの市内を走る小型バスの路線地図を買った。
 滞在は残り二日しかないから残念だ。
 ぼくのまわりにいる人はバスを使わない階層だから
 こうした地図の存在を教えてくれなかった。
 運転手付きの生活に慣れると
 すし詰めのバスなんかに乗る気にもなれんだろう。
 ぼくはもともと貧乏性だが
 それを貧乏趣味 Miserabilism にまで高めたいと思う。
 すでに孤高の境地に達し、学生からも浮いている。

9/11
◆ Yogya(ジョクジャと読む)
 11日は早朝7時の汽車でジョクジャカルタに向かう。
 ジョクジャではロスメン(安宿)に泊まるので
 メールもホームページ更新も不能かもしれない。

9/12
◆世界遺産
 ジョクジャ来訪者にはお約束のボロブドール寺院見学。
 プランバナンのヒンズー寺院も見学。
 どちらも外国人の拝観料は10ドル。
 インドネシア人は7千ルピア(約80円)
 インドネシア人の観光客も多く、経済力向上をうかがわせた。

◆ロスメンから送信
 安宿ゆえ部屋に電話がない。(お湯も出ない)
 受付のファックスの線を利用させてもらい
 夕方、メールなどの送受信をしている。
 ちなみに、この界隈では英字新聞も入手できないが
 たまたま近くのカフェに備えてあり、うれしい。


9/13
◆値引き交渉
 奥さんへのおみやげにモンペ風のズボンを買う。
 繁華街の屋台で買った。
 あちらが2万5千ルピアといい、こちらが1万5千と言い返すと
 即座にOKだったので、失敗したと悟る。
 相手の5分の1ぐらいから出発すべきだった。
 2百円ほどの出費だが、損したって気分は残る。

9/14
◆帰国
 明日はソウルで半日遊びます。

9/15
◆2万ウォン
 ソウルで半日すごすために2千円を両替した。
 しかし、使うところがない。
 ソウル市内観光のバスは大韓航空のサービスだし
 おまけに昼食のプルコギもタダだった。
 お土産屋でマッコリ(どぶろく)を2本買う。

9/16
◆台風の被害
 3週間ぶりに帰宅したら部屋の土壁が剥げ落ちていた。
 鹿児島をおそった台風16号か18号のせいだ。
 土壁は1997年にも剥落したが、今度はその隣の部分。
 ほかにも剥がれかけた部分がある。
 →証拠の画像

9/17
◆鹿児島の駅ビル
 鹿児島中央駅(旧・西駅)にショッピングモールができた。
 最上階にシネマコンプレックス(10スクリーン)もある。
 試写会に行ったが、なかなか雰囲気はよい。
 しかし、デジタル映写機はやはり解像度に難あり。
 あのツブツブ感がなんとも白ける。
 また、上映される映画はいずれも大衆向けで
 いわゆる単館系はここでも観られない。

9/18

◆イヌル(Inul Daratista)
 ダンドゥッ(インドネシアン・ポップ)の女王。
 日本ではまだ無名なので先物買いした。
 バンドンで買ったCDを車の中で聞いている。
 来月中旬、ぼくはフランスへ行くので
 そろそろフランス・モードに入るべきなのに
 まだインドネシア・モードから脱し切れない。

[付記]
 イヌル・ダラティスタの名は英字新聞で知った。
 CDを買いたいとホームステイ先で告げたら、喜ばれた。
 CDの他にVCD(DVDではないが動画も見れる)も買い
 日本に戻って鑑賞したら、その動きの卑猥なこと。
 お尻を怪しく振りながら歌う。
 ホームステイ先でぼくは「そういうのがスキ」と告白した形。


9/19
◆自炊
 インドネシアでは毎日おいしい食事を楽しんだので
 当然のことながら、体重がまた増えた。
 減塩生活も再開しなければならない。
 自炊のため食材を買いに行けば
 野菜の値段の高さにちょっと驚く。

9/20
◆ご飯
 玄米は炊くのに時間がかかる。
 だから、近くの弁当屋で「ライスのみ」買っている。
 玄米よりはるかにおいしいので困っちゃう。

9/21
◆雨中の露天風呂
 鹿児島に戻ったからには温泉に入らなきゃ、ね。
 雨雲と山の木々を眺めながら湯にひたる。
 帰るとき、出店で地元野菜を買う。
 田舎の良さをいっぺんに享受しているわけだ。

9/22
◆炊飯器持参
 玄米は炊き上がりに1時間半を要する。
 だから7時に帰宅すると食事は9時ごろ。
 食事時間を早めるには5時に帰宅しなければならない。
 この問題を解決する良策を思いついた。
 学校に炊飯器を持参し、研究室で炊く。
 そうすれば好きな時間に帰宅できる。

◆同郷のよしみ
 あのライブドアの堀江社長は同郷人(八女市)だった。
 しかも高校(久大附設)も同じ。
 なんだか親しみを感じちゃうね。
 このへんが田舎者の証拠。


9/23
◆土壁の修理
 うちは県の官舎だから修理の依頼は県の管財課を介する。
 ようやく今日の早朝、業者から「本日やります」の電話。
 打ち合わせどおり、ぼくは鍵をかけずに家を出た。
 留守のあいだに作業がすむ、という段取りだ。

9/24
◆ヒゲ
 インドネシア旅行用に伸ばしたヒゲは
 帰国したら剃るつもりでいたが
 そのタイミングを失ったまま今日にいたる。
 クチヒゲは黒いのにアゴヒゲは白く
 そのツートーンが妙に気に入っている。

9/25
◆布団干し
 涼しくなったのでタオルケットはやめた。
 数年前に蘇州で買ったシルクの布団の出番だ。
 ところが、体のあちこちが痒くなる。
 虫干しをする必要があるが
 布団をかける裏の板垣は8月の台風で倒れた。
 自動車の屋根にのせて干すしかない。

9/26
◆礼状の書き方
 バンドンでのホームステイ先に礼状を出したい。
 デジカメ画像をプリントして同封しよう。
 近所の写真屋にCD-Rを持参して印刷した。
 はがきサイズで35円は安いし、きれいにできた。
 問題は、添える手紙の文章だ。
 英語で書きかけたが、どうせ定型句を並べるなら
 つたないインドネシア語の方が愛らしかろう
 と考え直し、アマゾンに「書き方」の本を注文した。

9/27
◆薄味
 自分でつくる料理はすべて減塩が柱。
 とはいえ、どの一品も量は多い。
 買った野菜はなるべく使い切りたいからだ。
 鹿児島では単身者用の野菜の小売りがない。
 毎日つくるおかずは皿に山盛りで
 しかも、ほとんど残さず食べる。
 ねぼけたような薄味ながら塩の総量は多いかも。

9/28
◆現品限り
 靴でも買おうかと天文館(鹿児島の旧繁華街)に出る。
 靴はインドネシアで買ってもよかったのだが
 ピンと来るものが見つからなかった。
 天文館の靴屋をまわっていると
 現品処分3割引の表示で27.5 cm の靴があった。
 ぼくは26.5だが、値札に引かれて履いてみる。
 意外にぴったりで、そのまま勢いで買ってしまう。

9/29
◆台風(21号)上陸
 ときどき家が揺れるので目を覚ます。
 嵐だ、嵐だ、と、うれしくなる。
 しかし、家の中を点検してみると
 先の台風で壊れた壁(修理済み)のところから
 雨がポタポタもれて、畳をぬらしている。
 急にイヤな気分になった。

 11時頃、風が弱まったので外に出たら
 庭先に十個ほどゴミ袋が吹き寄せられていた。
 鹿児島市の場合、ゴミ収集場にネットも囲いもない。
 台風が来るとわかってもゴミを出す人々がいる。
 飛来した袋のいくつかは、やぶけて中身が出てる。
 誰も片づけてくれないので、放置しておけない。
 軍手で他人のゴミを集めて別の袋に入れ直す。


9/30
◆トリミング
 職場の組合ニュースを作り、配ってまわる。
 事務室ではぼくのヒゲ面が笑われる。
 「似合いませんか」と聞くと
 「たんなる無精ヒゲだから汚い」んだと。
 ぼくは「さりげなさ」が味だと思っていたが
 それなりの手入れも必要かもしれない。
 夜、ハサミで少しチョキチョキしてみる。
 う〜む、めんどうなわりにかわりばえしない。

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