2008年
 つぶやき

7/1
◆批判精神の欠如
 鹿児島市役所の別館にアートギャラリーが最近できた。
 中村晋也などの彫刻が飾ってある。
 中村晋也とは元鹿児島大の教授で,駅前の「薩摩青年の群像」を作った人。
 駅裏にある小里貞利(地元政治家)の胸像も彼の作品だ。
 作品はどれもわかりやすいが,深みに欠ける。
 注文主の期待どおりのものがつくれるので重宝され
 おかげで文化勲章をもらい,鹿児島では大物になれた。
 したがって(!)鹿児島の文化の向上には貢献していない。
 かれの影響でか,まちなかのあちこちに並ぶ彫刻は
 やはりどれも頭悪そうな感じで,むしろ苦笑を誘う。

7/2
◆偶景
 うちの団地は若夫婦が多い。
 狭くても平気な人しか暮らせないから,どうしてもそうなる。
 向かいの棟の住人ふたりが銭湯に行くのが見えた。
 それぞれお風呂セットを携え,楽しそう。

7/3
◆笛吹けど踊らず
 産学官で学生ベンチャーを励ます風潮も終わりに近い。
 九州全県の学生ビジネスアイデア・コンテストも
 もともと少ない応募者が2年続けてさらに減少している。
 熊本・鹿児島・宮崎からの応募者はゼロである。
 また鹿児島県内での同種の催しも今年から中止。
 
 学生のやる気のなさは就職難の緩和と相関する,との説も。

7/4
◆斉藤BBS「ささやき」
 外国(ロシア語が多い)からのスパム攻撃にやられてる。
 新しい電子掲示板に替えようと思う。
 が,そもそも最近は書き込む人がほとんどいない。
 開店休業状態の掲示板は,いかにもみすぼらしい。
 だもんで,設置の継続について,ただいま思案中。

7/5
◆店じまい
 晩年の金子光晴を撮し続けた写真家,峠彩三は
 50歳過ぎて鹿児島に戻り,小さなラーメン屋を開く。
 久々に訪れてみると,シャッターが閉まっていた。
 体が元気なうちは年中無休のはずだったので
 なにか異変でもあったのか。
 同行したおばさんたち(金子光晴ファン)は半泣きだ。
 隣の店の人に聞けば,店は数日前から閉まったままだという,
 しかし,シャッターの向こうでラジオの音が聞こえる。
 「死んでんじゃないの?」とおばさんたちはいう。
 シャッターを開けたら,おやじさんは元気に生きていた。
 6月いっぱいで店をしめ,いま一人で「はつり」をしているんだと。
 はつり(解り),すなわち,店内の解体作業だ。
 作業の途中でビールを飲み,うたた寝をしていた。
 8月からは無職。おじさんいわく,地獄の夏休み。
 60歳近いので働き口もなくホームレス,ってこともありうる。

7/6
◆グリーン車
 早朝,団地の集団清掃のあと,JRで宮崎に行く。
 映画祭の見物と,まちおこし活動の視察だ。
 たくさん映画を観ることになるだろうから
 電車のなかでしっかり眠っておきたい。
 初めてグリーン車に乗りました。(料金は1500円ほど)
 しかし,グリーン車はもちろん他の車両にも乗客の姿なし。
 これじゃ,どこに乗ってもゆっくり眠れたな。

7/7
◆鄙(ひな)の味
 宮崎の郷土料理「冷や汁」を,いちどは食べてみたかった。
 ご飯に味噌汁をかけたのがその原初形態である。
 いまでは洗練されて県民自慢の料理になった。
 観光案内所で教えてもらって有名店に入る。
 たしかに汁は冷たいが,ご飯はあたたかい。
 合体させると,なまぬる〜い汁ご飯ができあがる。
 まずくはないが,美味ともいいがたい微妙さ。

7/8
◆アロハシャツ
 数年前のハワイ土産をいまでも自慢げに着ている。
 ところが,宮崎ではJRの窓口でもホテルのフロントでも
 アロハが制服みたいになってんじゃん。
 ぼくはホテルの客にボーイとまちがえられた。
 すかして歩いていたつもりなんですけどね。

7/9
◆偏向記事
 先月,映画にまつわるシンポジウムの記録係をつとめ
 映画サークルの月報にその記事を載せた。
 月報の編集・印刷もぼくがやるので独断自在。
 パネリスト5人のうち,2名の発言のみ紹介した。
 それのみが紹介に値すると思われたからである。
 ところが,どこかからか苦情が出たようだ。
 主催者側の記録なら「全部」を紹介すべき,らしい。
 かつて職場の組合ニュースなどでも「筆禍」事件を起こしたが
 それに比べれば,ま,今回のクレームはユルイ。

7/10
◆上に立てぬ
 親分や指導者になるには器量・度量が必要だ。
 ぼくにはそれが欠けている。
 だから,ゼミナールでの学生指導もちゃんとできない。
 ほかの教員は,学生を抱え込んで慈しんでいる。
 学生たちもそういう先生になついている。
 ほほえましくもあるが,ぼくには無縁の光景。

7/11
◆金鳥の夏
 かって住んでいた官舎は「課長住宅」で網戸がついていた。
 いま住んでいる団地は「平」用なので網戸がない。
 しかし,狭いおかげでリキッド蚊取りがよく効く。

7/12
◆上京の段取り
 鹿児島ー東京の航空運賃は片道4万円弱。
 これを1ヶ月ほど前に買えば1万5千円強で済む。
 JALで先割とよばれるこの割引を利用するには
 1ヶ月前に行動のスケジュールを立てねばならない。
 バーサンが生きてるころは介護帰省割引が利用でき
 予約しなくても安く乗ることができた。
 いまさらながらバーサンのありがたみを感ずる。

7/13
◆イオン
 南の郊外にある大型商業施設に行ってみた。
 バンドン(インドネシア)にも似たようなモールがあったな。
 つまり,きわめて無国籍的なモダンさでここも客を集めている。
 バンドンには,街中にもっと猥雑で,もっと庶民的な市場があったが
 鹿児島では,たしかにイオンの方が魅力的かもしれない。
 ピカピカに惹かれる点で鹿児島の民度はバンドン以下だし
 街中の商店街もピカピカの増大で勝負しようとするから,すでに負け確定。

7/14
◆大型書店
 イオンのなかには旭屋書店がある。(本店は大阪)
 作りはおしゃれっぽいが,使い勝手は良くない
 出版社のPR誌も置いてない。
 店員は『図書』とか『波』というものの存在さえ知らない。
 なんちゅうことだ,と怒りかけたが
 よく考えると,鹿児島のジュンク堂にも置いてなかったな。
 ネット検索すると,あの有田芳生も池袋の旭屋で泣かされていた。

 →有田芳生のブログ:2006/10/01 の泣き言


7/15
◆ iPhone
 11日発売の新製品を,鹿児島でさっそく買ったバカ(知人)がいる。
 かれに見せびらかされて,うらやましくなったが
 ケータイを使わぬ生活の,宗旨替えもしたくないし,な〜。

7/16
◆マイク
 学期末の授業評価アンケートを惰性的に行う。
 今年から社会学は受講可能の学科を拡大したせいで
 受講生が多いため,マイクを使って講義している。
 授業評価では「聞き取りやすさ」の項で点数が低い。
 たしかに,マイクの使い方はいまだに下手なままだ。
 学生のころもアジ演説とかやらなかったし
 カラオケも嫌いだし,スピーチを強要される行事も稀。
 そもそも拡声器を使ってまでも語りたい内容の話ができない。

7/17
◆ Cous-cous
 知人がブログで自作の料理を紹介していた。
 彼女はカトリーヌと名乗るが,日本人の経済学者である。
 彼女が作ったのは北アフリカ料理のクスクスだ。
 いや〜,なつかしいね。
 ぼくもフランスでクスクスと出会った。
 私見によれば,クスクスには「はずれ」なし。(学食を除く)

 →参考:カトリーヌのクスクス


7/18
◆扇風機
 就床時,微風に設定して寝る。
 タイマーもついているので安心である。
 扇風機かけっぱなしにして寝ると死ぬ,の説を信じているのだ。

7/19
◆後藤散
 頭痛とはあまり縁のない生活を送っている。
 ときどき起こる頭痛も原因はまず寝不足だ。
 だから,まあ,寝りゃ治るのである。
 ところが午後の会議が長引いた。
 途中で居眠りはしたが,熟睡には到らず。
 夕方6時すぎ,会議が終わってから薬を調達。
 これがジワーっと効きました。

7/20
◆神経質
 映画サークルの事務所はエアコン付きだ。
 夏の暑さはこれでしのげる,と喜んだのも束の間。
 カビくさい臭いがダメ,との声もある。
 エアコンの清掃を業者に頼む金銭的余裕はない。
 で,部屋を使うときは窓やドアを開け放す。
 蚊など,虫が入ってくる。
 この虫も苦手だともいう。
 おまけに,部屋の湿気の高さにもご不満の向きがある。
 ぼくはそのいずれも平気なんですけどね。

7/21
◆ファイヤー
 甲突川の河川敷で「曽我どんの傘焼き」をやってたらしい。
 ぼくは川の横を通って帰ったが,気づかなかったな。
 鹿児島三大行事のひとつなんだけど,一度も行ったことない。
 曾我兄弟って,鹿児島には何の関係もないじゃん。
 鎌倉時代の故事を,忠孝精神涵養のためイベント化したもの。
 親の仇を討つのに18年かけた兄弟の執念を顕彰する。
 いまでは単なる火祭りと化し,ことさら曽我兄弟の名は語られぬ。
 また燃やされる和傘そのものも日常生活とは縁遠い。
 調べたら,岐阜市の和傘振興会からの寄付だとか。
 もったいないような気もするが,そこがお祭り。

7/22
◆カフェ
 喫茶店のたぐいに一人で入ることはあまりない。
 学生時代にそういう習慣が身につかなかったからだ。
 近所に隠れ家的な雰囲気のカフェがある。
 スパゲッティがおいしいというんで,入ってみた。
 隠れ家のくせに客が多く,やはり何だか落ち着かない。
 さっさと退散しようとしたら激しい夕立。
 しかたなく,バッグから本をとりだして読む。

7/23
◆雨に濡れながら
 夕方近く,突然雨が降り出す。
 小やみになってから自転車で帰宅する。
 と,途中でまた再び激しく振り出した。
 ズボンの太股あたりがベタつくが
 こういう状況で走り続ける姿も味わい深い。
 つまり,なんだかドラマチックな感じがするってこと。

7/24
◆元外相・東郷茂徳
 鹿児島市の北にある美山(日置市)の東郷茂徳記念館に行く。
 絵本作家・八島太郎が集めた民芸品の展覧会をやってる。
 八島太郎は小林多喜二の死に顔をスケッチした人でもある。
 八島自身も10回投獄され,拷問されている。
 一方,東郷茂徳は東条内閣の外務大臣。
 東郷と八島の組み合わせに加えて,東郷が帰化朝鮮人である点も興味深い。
 朴茂徳として生まれ,父が士族株を購入して姓が変わった。
 40歳のとき,ドイツ人女性と結婚したが,彼女には5人も子どもがいた。
 記念館はそういう部分は詳しく紹介しない。
 そのくせ,女性は知性が足りない,などと女性蔑視丸出しの
 怪しい資料(恩師の著書への序文)は平気で陳列している。

7/25
◆長崎に行く準備
 ネット経由で情報を仕入れ,せっせとプリント。
 それらをすべて家に置き忘れて新幹線に乗る。[25日,朝9時15分]

7/26
◆長崎の映画館
 長崎出張は学会参加がメインだが,映画環境もついでに調べたい。
 まちなか(浜の町)にある名画座(長崎セントラル)に入る。
 小汚い感じがすてきだ。
 だれかがウェブ上で書いていたように
 この映画館の存在が長崎の良質な文化の証である。

7/27
◆無学
 経済学史学会の西南部会(広島以西)に出る。
 報告を4つ聴いたが,年の功か,どれも楽しめた。
 調子に乗って,夜の懇親会でバカな発言をし,笑われる。
 経済学者ハロッドの逸話(また聞きの話)を語ったのだ。
 ハロッドの経歴をよく知らずにしゃべったのがまずい。
 経済学史の専門家たちを前に赤恥をかく。

7/28
◆長崎ぶらぶら
 長崎に住む旧友の案内で,炎天下,街を歩く。
 この男とは幼稚園〜高校まで一緒だった。
 こいつ,子どものころはほとんど白痴だったが
 医者となった今でもなお,強くバカ臭を残す。
 のべつビデオカメラを回し,ずっと独り言でコメントをつける。
 海を撮ったり,建物を撮ったりだから
 記録マニアというより,ゲージツ家だね。

◆夢彩都(ゆめさいと)
 長崎の港の近くにあるショッピングモールである。
 田舎くさいネーミングで,ひとごとながら恥ずかしい。
 で,ビルの外壁には横文字のロゴが見えた。
 saito ? 一瞬,自分の名前かと思った。
 だから,よけい恥ずかしい。
 [右の画像をクリックすると,ビルの景観が出ます]


7/29
◆清掃当番
 鹿児島にもどれば玄関に「当番」の札がかかっていた。
 団地のゴミ集積所の清掃を1週間担当する。
 当番はほぼ半年に1度まわってくる。
 夏休み中でなくてよかった,と思う小市民のぼく。
 夏休みで不在中だったら,近所に迷惑をかけるもんね。

7/30
◆無音(ぶいん)
 うちの奥さんは25日からニュージーランドにいる(はず)。
 北島のまん中あたりにある田舎の小学校に
 3週間滞在して,日本の文化を教えるんだとか。
 その学校でも,またホームステイ先(校長宅)でも
 インターネットが利用できるはずなのに,メールは来ない。
 あちらで楽しくやってるせいだろう,とも思うが。

7/31
◆ Softbank
 奥さんのケータイからメールが届いた。
 ノートパソコンからの送信には失敗したらしい。
 この春,ぼく自身がニュージーランドで試したときは
 ほとんど問題なかったんだけどな。
 しかし,ケータイが使えるってことは知らなかった。
 すごいね Softbank。

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