| つぶやき |
| ◆未悟 老化を自慢しているが,じつは未熟者である。 老いのゆくえについて,何のイメージもない。 なりゆきにまかせるしかないのだが その覚悟ができているわけでもない。 いや,何か覚悟しなければならないと思うあたりが 老いにかんして未熟者の証拠だろう。 |
| ◆巣ごもり 家族の家にいると買い物にでかける機会も少ない。 生存に必要な食材はなんとなくそろっている。 文字どおりの閉じこもりも可能だ。 それでいて,なんとなく居場所がない感じもする。 |
| ◆キョロキョロ 立川のビックカメラに行く。 立川はいまや未来都市みたいになってるので ついでに駅周辺を散策する。 すれちがう女性はみな化粧が上手で 美人に見えるが,そろって同じ顔のようにも見える。 |
| ◆無音(ぶいん) 職場のメールサーバが故障しているのかもしれん。 ここ数日,誰からもメールが来ない。 上京しているせいか,年賀状も来ない。 淋しいような気もするが 停年後はこれが常態化するはずだ。 孤独だけを道連れに生きていこう。(ムスタキの歌) |
| ◆メール不着 やっぱり職場のメールサーバはダウンしていた。 大晦日から3日まで,メールを受けつけていない。 saito@k-kentan.ac.jp 宛のメールは届いてません。 心当たりの方は再送をお願いします。 今後は,別のアドレス(@kagomma.net)でお願いします。 |
| ◆知的職人 大学2年生のときゼミテキストが"Sociological Imagination"だった。 ライト・ミルズの著作である。 そこに出ていた intellectual craftsman という言葉にしびれた。 また後に知った哲学者スピノザのレンズ磨き伝説にもしびれた。 シコシコ地道に仕事をする姿は美しい。 ぼくの師匠にあたる先生たちの姿である。 |
| ◆頭痛 夜明け前,ふと目を覚ますと目の奥が痛い。 こめかみを押すと,そこも痛い。 くも膜下出血みたいな病気だったら困る。 出版予定の翻訳の校正がまだ済んでない。 いま倒れたら間違いだらけの翻訳が出ちゃう。 起き上がって病名をネット検索する。 くも膜下出血ではなさそうなので,また寝る。 |
| ◆福田定良 学校の図書館の奥に『哲学のすすめ』(1971)があった。 他に調べものがあったので,いわば通りがかりに見つけた。 いまは読む暇などないのだが,借りちゃいました。 昔,彼の『落語としての哲学』(1973)を読んだときは なんだか話がクニャクニャしてて,気に入らなかった。 いまこの『哲学のすすめ』の出だしだけ読むと 福田定良はじつはとても良い人だとわかる。 生きていたら哲学カフェで活躍しそうな人だ。 |
| ◆嫡流(ちゃくりゅう) 弁当を買いに行ったついでに本屋に寄る。 大型書店だから経済学史・思想史の本も揃っている。 友人知人の本もたくさん並んでいる。 みんな立派だなあ,と思うが 本を書かない自分を責める気持ちは起きない。 なにしろ,こちらは師匠も,さらにはその師匠も そうした業績づくりには背を向けていた。 Publish or perish という風潮とは無縁だった。 ぼくは少なくともその型だけは受け継いでいる。 ただし,学問に取り組む姿勢が悪く破門され 公的には師弟関係を名乗れない。 |
| ◆歌集『人民』 ぼくの師匠の師匠にあたるのが大塚金之助だ。 東京商大教授だったが 1933年,治安維持法違反で失職。 1945年に復職し,教室は受講生であふれたという。 アララギ派の歌人としても有名だったらしい。 ぼくが暗唱できる歌はつぎの一首だけ。 「まずしさにありてするどくものをいうこの魂をまぐると思うか」 ストレートすぎて趣きに乏しいような気もするが そのまっすぐさを含め,ぼくは好きです。 |
| ◆恨み骨髄 大塚金之助で Google検索したら水田洋が出てきた。 水田 90歳記念講演(2010年1月)の記録である。 彼が社会思想史の研究者として一橋大に残れず 名古屋大学に都落ちさせられたのは 「主任教授であった大塚金之助のジェラシーに拒まれたため」だという。 その話,水田洋の持ちネタだとはいえ 90歳すぎても,まだ言うか,って感じだね。 |
◆ジュリエッタ・マシーナ あの名作「道」(1954)で旅芸人の女を演じた。「魂のジュリエッタ」(1964)では金持ちの奥様役。 これをひさしぶりにテレビで観て,なつかしい。 最近ぼくは似たようなオバサンに一瞬懸想した。 が,ちょっと声をかけただけで気持ち悪がられた。 あちらにとっては見知らぬジジイのにじり寄りだから まあ,普通の人なら逃げますよね。 |
| ◆甘党 ぼくの家は田舎のうどん屋だったけど バスのターミナルの近所だし,女子高校も近いので 夏はかき氷,冬はぜんざいがよく売れた。 うちのぜんざい,おいしかったな。 思い出したら,むしょうに食べたくなったが いま、その手の店に一人ではなかなか入れない。 |
| ◆ドライブ 学校とアパートとの間を一往復しただけだが すんごく久しぶりに自分の車に乗った。 車はとても快調にキビキビ動く。 やっぱり捨てるのはもったいないな。 昔みたいに何の目的もなく県内各地をうろついてみるか。 いや,今のぼくは所在不明の不良教員と思われてるから そのレッテルどおりにふるまえばいいわけだ。 |
| ◆粗忽(そこつ) センター試験の監督の事前打ち合わせに遅れる。 終了時刻を開始時刻と思い込んでいたためだ。 年老いたせいではない。 うっかりミスは若いころにも立派な前科がある。 1) ぼく自身の大学受験のとき会場をまちがえた。 国立市の本校ではなく,小平市の分校に行った。 前日に会場下見もしたから念が入ってる。 ぼくの席に人が座っているので文句をいった。 「ぼくの受験番号の席です」と主張したら 「ここは法学部の会場ですよ」といわれた。 2) 大学院の修士課程の取得単位をまちがえた。 博士課程に進学する直前の3月 事務局から急に呼び出された。 単位が2単位足りないというのだ。 自分ではむしろ2単位余分に取ってたつもりだった。 ところが大学院の単位にならぬ学部の授業をとっていた。 その4単位を引けば,2単位不足する。 というわけで,留年が決定した。 |
| ◆人徳 快活にふるまえば周りまで明るくする人がいる。 快活にふるまえば周りを不快にする人がいる。 わはは(と笑っていうしかないが),ぼくは後者です。 |
| ◆ Civil indifference 人の身の上話を聞くのは不得意だ。 人のことにやたら関心を示すのは いけないことだと思っている部分があるからだ。 つまり,無関心を都会人の作法だと思い込んでいる。 自分の百姓気質を恥じ,いわば後付けで都会人になった。 その姿勢を貫いているうちに 人への冷たさが定着した。(習い,性となる) ついには自分の家族にも「親身」になれない。 |
| ◆ガツン 近所の床屋のまえに「標語」が貼ってある。 店主が模造紙に書き,内容は週替わりだ。 今回のはちょっとよかったので紹介する。 「起きろ! いつまで寝てるんだ?」 |
| ◆手書き ちょっといい万年筆を買った。 手紙を書くためだ。 気に入った便箋はみつからず,A5の白紙を買う。 拝啓……てな感じで書き始めたが 予想したものとは異なり,まるで美しくない。 一文字一文字が汚く,全体の見栄えも悪い。 こんなに字が下手だったか,と慨嘆する。 |
| ◆ふれあい ニューヨークとかでは街頭で「ハグ」商売があるらしい。 1回 50セントでハグしてくれる。 フリー(つまり無料の)ハグもあるらしい。 ぼくも1回 50円ぐらいなら頼みたいな。 |
| ◆シェー 深夜,テレビでフランス映画を途中まで観る。 "Ah bon?" とか "Voila" とか間投詞の部分のみ セリフを復唱し,一人でおフランス気分ざます。 |
| ◆すきま風 ぼくと高校も大学も共通する男が一人だけいる。 しかも,そいつは鹿児島に住んでいる。 しかし,あちらは会社の偉いさんだから 遊びに行っても邪魔になるだけだろう。 と思って,おつきあいなどしていない。 それが,ぱったり街角で出会った。 昼時だったので,一緒に豚カツ屋に入る。 ひとしきりバカ話をしたのだが 当然のことながら,昔と違って距離感がある。 おもしろがるポイントがずれている感じ。 |
| ◆クスクス・パーティー 市民の映画サークルからぼくは離れたが かつての仲間6人(男2,女4)を食事に招く。 以前,寄り合いの場で,ぼくがクスクス料理を自慢すると それならぜひ食べさせて,の声が出た。 その要望をようやくかなえてあげたのである。 クスクスなんて食べたことない人ばかりなので 料理に失敗しても「これがクスクスだ」と言うつもりだった。 が,思いのほか美味しくでき、自分でも満足。 ただし,自分の家に人を招くと 会の終わらせ方がわからない。(追い払えない) 夕方開始で,終わりが深夜の12時半。 |
| ◆旧県庁前 隣のアパートの1階に沖縄ソバの店ができた。 かつて県庁がこのへんにあったころは 飲食店はどこも繁盛してただろう。 それが今では軒並み空き店舗。 家賃が安くなったので,開店できたのかもしれんが 人影まばらな一画だから,先行きは暗い。 ママさんが明るく振る舞うのも切ない。 |
| ◆つるむ 川沿いに自転車で走るための道路がある。 そこを高校生たちはしばしば横並びで走る。 ジャマではあるが,微笑ましくもある。 ぼくもああやって談笑しながら走りたい。 人とつるみ,バカを言いあって楽しみたい。 |
| ◆むぞか 九州でほぼ共通する方言で,「可愛い」の意。 鹿児島では「もぜ」と変化する(らしい)。 そして,美人よりも「もぜ」の方が評価される(らしい)。 多少ブスでも愛嬌たっぷりの娘の方が上等で そういう娘を「おかしもぜ」という(らしい)。 てな話を授業中にしたが反応が悪い。 学生はもはや「もぜ」という方言さえ知らないのだ。 誇るべき地方文化の話だったので,コケました。 |
| ◆中谷巌 『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社文庫,2011)。 かつて御用学者と目された人が「私は間違ってました」と懺悔する。 評判になった本だが,文庫になったので買って読む。 経済にかんする部分はともかく 宗教論や文明論は底が浅く、読んでて恥ずい。 思想や哲学の素養のなさが歴然としている。 挙げられた参考文献からも,解説本だけから仕込んだとわかる。 しかし,まあ,反省している分だけいいか。 |
| ◆淡きこと水の如し 卒業をひかえたゼミ生2名と昼食会を催す。 繁華街の「高級」中華料理店に集まる。 そこのスペシャルランチをいただいたわけだ。 とくに盛り上がりもなく,3人で黙々と食す。 昨年,彼らの「思い出づくり」のためにソウル旅行をしたけど それを話題にすることもなく,あっさり解散。 |
| ◆パーキング 事務の人から「車,動かさないんですか」と言われた。 あ,またクレームか,と身構えたら バッテリーの「あがり」を心配して,だと言う。 けっこう広い駐車場の奥の奥の木立に 目立たぬように駐めていても,ちゃんと見られている。 |
| ◆退屈力 半ば意地みたいにアパートにこもっている。 出る用事がないってのが半分で 孤独に慣れるための訓練が半分である。 フランスで見た公園での光景が頭の中にある。 バーサンたちがそれぞれ一人でベンチに座っている。 身なりを整え,お化粧をして,終日そこにいる。 遊び相手がいなくても平気,という姿をアピールする。 人恋しさを素振りにも見せない美学。 ぼくもあれを学ばねばと思ったものだ。 |
| ◆梅枝餅(うめがえもち) 太宰府天満宮の名物である。 太宰府に行けば必ず食べていた。 小学校とか町内会(児童会)とかの遠足でよく行った。 鹿児島のデパ地下で発見し,喜んで買う。 思い出のものとは異なり,香ばしさに欠け へにゃへにゃであるが,がまんする。 というか,「本物」と違ってて良かった,とも思う。 あれはあそこで食べるからいいんだ。 |