2011年
 つぶやき

1/1
◆未悟
 老化を自慢しているが,じつは未熟者である。
 老いのゆくえについて,何のイメージもない。
 なりゆきにまかせるしかないのだが
 その覚悟ができているわけでもない。
 いや,何か覚悟しなければならないと思うあたりが
 老いにかんして未熟者の証拠だろう。

1/2
◆巣ごもり
 家族の家にいると買い物にでかける機会も少ない。
 生存に必要な食材はなんとなくそろっている。
 文字どおりの閉じこもりも可能だ。
 それでいて,なんとなく居場所がない感じもする。

1/3
◆キョロキョロ
 立川のビックカメラに行く。
 立川はいまや未来都市みたいになってるので
 ついでに駅周辺を散策する。
 すれちがう女性はみな化粧が上手で
 美人に見えるが,そろって同じ顔のようにも見える。

1/4
◆無音(ぶいん)
 職場のメールサーバが故障しているのかもしれん。
 ここ数日,誰からもメールが来ない。
 上京しているせいか,年賀状も来ない。
 淋しいような気もするが
 停年後はこれが常態化するはずだ。
 孤独だけを道連れに生きていこう。(ムスタキの歌)

1/5
◆メール不着
 やっぱり職場のメールサーバはダウンしていた。
 大晦日から3日まで,メールを受けつけていない。
 saito@k-kentan.ac.jp 宛のメールは届いてません。
 心当たりの方は再送をお願いします。
 今後は,別のアドレス(@kagomma.net)でお願いします。

1/6
◆知的職人
 大学2年生のときゼミテキストが"Sociological Imagination"だった。
 ライト・ミルズの著作である。
 そこに出ていた intellectual craftsman という言葉にしびれた。
 また後に知った哲学者スピノザのレンズ磨き伝説にもしびれた。
 シコシコ地道に仕事をする姿は美しい。
 ぼくの師匠にあたる先生たちの姿である。

1/7
◆頭痛
 夜明け前,ふと目を覚ますと目の奥が痛い。
 こめかみを押すと,そこも痛い。
 くも膜下出血みたいな病気だったら困る。
 出版予定の翻訳の校正がまだ済んでない。
 いま倒れたら間違いだらけの翻訳が出ちゃう。
 起き上がって病名をネット検索する。
 くも膜下出血ではなさそうなので,また寝る。

1/8
◆福田定良
 学校の図書館の奥に『哲学のすすめ』(1971)があった。
 他に調べものがあったので,いわば通りがかりに見つけた。
 いまは読む暇などないのだが,借りちゃいました。
 昔,彼の『落語としての哲学』(1973)を読んだときは
 なんだか話がクニャクニャしてて,気に入らなかった。
 いまこの『哲学のすすめ』の出だしだけ読むと
 福田定良はじつはとても良い人だとわかる。
 生きていたら哲学カフェで活躍しそうな人だ。

1/9
◆嫡流(ちゃくりゅう)
 弁当を買いに行ったついでに本屋に寄る。
 大型書店だから経済学史・思想史の本も揃っている。
 友人知人の本もたくさん並んでいる。
 みんな立派だなあ,と思うが
 本を書かない自分を責める気持ちは起きない。
 なにしろ,こちらは師匠も,さらにはその師匠も
 そうした業績づくりには背を向けていた。
 Publish or perish という風潮とは無縁だった。
 ぼくは少なくともその型だけは受け継いでいる。
 ただし,学問に取り組む姿勢が悪く破門され
 公的には師弟関係を名乗れない。

1/10
◆歌集『人民』
 ぼくの師匠の師匠にあたるのが大塚金之助だ。
 東京商大教授だったが 1933年,治安維持法違反で失職。
 1945年に復職し,教室は受講生であふれたという。
 アララギ派の歌人としても有名だったらしい。
 ぼくが暗唱できる歌はつぎの一首だけ。
 「まずしさにありてするどくものをいうこの魂をまぐると思うか」
 ストレートすぎて趣きに乏しいような気もするが
 そのまっすぐさを含め,ぼくは好きです。

1/11
◆恨み骨髄
 大塚金之助で Google検索したら水田洋が出てきた。
 水田 90歳記念講演(2010年1月)の記録である。
 彼が社会思想史の研究者として一橋大に残れず
 名古屋大学に都落ちさせられたのは
 「主任教授であった大塚金之助のジェラシーに拒まれたため」だという。
 その話,水田洋の持ちネタだとはいえ
 90歳すぎても,まだ言うか,って感じだね。

1/12
◆ジュリエッタ・マシーナ
 あの名作「道」(1954)で旅芸人の女を演じた。
 「魂のジュリエッタ」(1964)では金持ちの奥様役。
 これをひさしぶりにテレビで観て,なつかしい。
 最近ぼくは似たようなオバサンに一瞬懸想した。
 が,ちょっと声をかけただけで気持ち悪がられた。
 あちらにとっては見知らぬジジイのにじり寄りだから
 まあ,普通の人なら逃げますよね。

1/13
◆甘党
 ぼくの家は田舎のうどん屋だったけど
 バスのターミナルの近所だし,女子高校も近いので
 夏はかき氷,冬はぜんざいがよく売れた。
 うちのぜんざい,おいしかったな。
 思い出したら,むしょうに食べたくなったが
 いま、その手の店に一人ではなかなか入れない。

1/14
◆ドライブ
 学校とアパートとの間を一往復しただけだが
 すんごく久しぶりに自分の車に乗った。
 車はとても快調にキビキビ動く。
 やっぱり捨てるのはもったいないな。
 昔みたいに何の目的もなく県内各地をうろついてみるか。
 いや,今のぼくは所在不明の不良教員と思われてるから
 そのレッテルどおりにふるまえばいいわけだ。

1/15
◆粗忽(そこつ)
 センター試験の監督の事前打ち合わせに遅れる。
 終了時刻を開始時刻と思い込んでいたためだ。
 年老いたせいではない。
 うっかりミスは若いころにも立派な前科がある。
 1)
 ぼく自身の大学受験のとき会場をまちがえた。
 国立市の本校ではなく,小平市の分校に行った。
 前日に会場下見もしたから念が入ってる。
 ぼくの席に人が座っているので文句をいった。
 「ぼくの受験番号の席です」と主張したら
 「ここは法学部の会場ですよ」といわれた。
 2)
 大学院の修士課程の取得単位をまちがえた。
 博士課程に進学する直前の3月
 事務局から急に呼び出された。
 単位が2単位足りないというのだ。
 自分ではむしろ2単位余分に取ってたつもりだった。
 ところが大学院の単位にならぬ学部の授業をとっていた。
 その4単位を引けば,2単位不足する。
 というわけで,留年が決定した。

1/16
◆人徳
 快活にふるまえば周りまで明るくする人がいる。
 快活にふるまえば周りを不快にする人がいる。
 わはは(と笑っていうしかないが),ぼくは後者です。

1/17
◆ Civil indifference
 人の身の上話を聞くのは不得意だ。
 人のことにやたら関心を示すのは
 いけないことだと思っている部分があるからだ。
 つまり,無関心を都会人の作法だと思い込んでいる。
 自分の百姓気質を恥じ,いわば後付けで都会人になった。
 その姿勢を貫いているうちに
 人への冷たさが定着した。(習い,性となる)
 ついには自分の家族にも「親身」になれない。

1/18
◆ガツン
 近所の床屋のまえに「標語」が貼ってある。
 店主が模造紙に書き,内容は週替わりだ。
 今回のはちょっとよかったので紹介する。
 「起きろ!
  いつまで寝てるんだ?」

1/19
◆手書き
 ちょっといい万年筆を買った。
 手紙を書くためだ。
 気に入った便箋はみつからず,A5の白紙を買う。
 拝啓……てな感じで書き始めたが
 予想したものとは異なり,まるで美しくない。
 一文字一文字が汚く,全体の見栄えも悪い。
 こんなに字が下手だったか,と慨嘆する。

1/20
◆ふれあい
 ニューヨークとかでは街頭で「ハグ」商売があるらしい。
 1回 50セントでハグしてくれる。
 フリー(つまり無料の)ハグもあるらしい。
 ぼくも1回 50円ぐらいなら頼みたいな。

1/21
◆シェー
 深夜,テレビでフランス映画を途中まで観る。
 "Ah bon?" とか "Voila" とか間投詞の部分のみ
 セリフを復唱し,一人でおフランス気分ざます。

1/22
◆すきま風
 ぼくと高校も大学も共通する男が一人だけいる。
 しかも,そいつは鹿児島に住んでいる。
 しかし,あちらは会社の偉いさんだから
 遊びに行っても邪魔になるだけだろう。
 と思って,おつきあいなどしていない。
 それが,ぱったり街角で出会った。
 昼時だったので,一緒に豚カツ屋に入る。
 ひとしきりバカ話をしたのだが
 当然のことながら,昔と違って距離感がある。
 おもしろがるポイントがずれている感じ。

1/23
◆クスクス・パーティー
 市民の映画サークルからぼくは離れたが
 かつての仲間6人(男2,女4)を食事に招く。
 以前,寄り合いの場で,ぼくがクスクス料理を自慢すると
 それならぜひ食べさせて,の声が出た。
 その要望をようやくかなえてあげたのである。
 クスクスなんて食べたことない人ばかりなので
 料理に失敗しても「これがクスクスだ」と言うつもりだった。
 が,思いのほか美味しくでき、自分でも満足。
 ただし,自分の家に人を招くと
 会の終わらせ方がわからない。(追い払えない)
 夕方開始で,終わりが深夜の12時半。

1/24
◆旧県庁前
 隣のアパートの1階に沖縄ソバの店ができた。
 かつて県庁がこのへんにあったころは
 飲食店はどこも繁盛してただろう。
 それが今では軒並み空き店舗。
 家賃が安くなったので,開店できたのかもしれんが
 人影まばらな一画だから,先行きは暗い。
 ママさんが明るく振る舞うのも切ない。

1/25
◆つるむ
 川沿いに自転車で走るための道路がある。
 そこを高校生たちはしばしば横並びで走る。
 ジャマではあるが,微笑ましくもある。
 ぼくもああやって談笑しながら走りたい。
 人とつるみ,バカを言いあって楽しみたい。

1/26
◆むぞか
 九州でほぼ共通する方言で,「可愛い」の意。
 鹿児島では「もぜ」と変化する(らしい)。
 そして,美人よりも「もぜ」の方が評価される(らしい)。
 多少ブスでも愛嬌たっぷりの娘の方が上等で
 そういう娘を「おかしもぜ」という(らしい)。
 てな話を授業中にしたが反応が悪い。
 学生はもはや「もぜ」という方言さえ知らないのだ。
 誇るべき地方文化の話だったので,コケました。

1/27
◆中谷巌
 『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社文庫,2011)。
 かつて御用学者と目された人が「私は間違ってました」と懺悔する。
 評判になった本だが,文庫になったので買って読む。
 経済にかんする部分はともかく
 宗教論や文明論は底が浅く、読んでて恥ずい。
 思想や哲学の素養のなさが歴然としている。
 挙げられた参考文献からも,解説本だけから仕込んだとわかる。
 しかし,まあ,反省している分だけいいか。

1/28
◆淡きこと水の如し
 卒業をひかえたゼミ生2名と昼食会を催す。
 繁華街の「高級」中華料理店に集まる。
 そこのスペシャルランチをいただいたわけだ。
 とくに盛り上がりもなく,3人で黙々と食す。
 昨年,彼らの「思い出づくり」のためにソウル旅行をしたけど
 それを話題にすることもなく,あっさり解散。

1/29
◆パーキング
 事務の人から「車,動かさないんですか」と言われた。
 あ,またクレームか,と身構えたら
 バッテリーの「あがり」を心配して,だと言う。
 けっこう広い駐車場の奥の奥の木立に
 目立たぬように駐めていても,ちゃんと見られている。

1/30
◆退屈力
 半ば意地みたいにアパートにこもっている。
 出る用事がないってのが半分で
 孤独に慣れるための訓練が半分である。
 フランスで見た公園での光景が頭の中にある。
 バーサンたちがそれぞれ一人でベンチに座っている。
 身なりを整え,お化粧をして,終日そこにいる。
 遊び相手がいなくても平気,という姿をアピールする。
 人恋しさを素振りにも見せない美学。
 ぼくもあれを学ばねばと思ったものだ。

1/31
◆梅枝餅(うめがえもち)
 太宰府天満宮の名物である。
 太宰府に行けば必ず食べていた。
 小学校とか町内会(児童会)とかの遠足でよく行った。
 鹿児島のデパ地下で発見し,喜んで買う。
 思い出のものとは異なり,香ばしさに欠け
 へにゃへにゃであるが,がまんする。
 というか,「本物」と違ってて良かった,とも思う。
 あれはあそこで食べるからいいんだ。

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