社会学(第2部)レポート(97.11.10)抜粋

 テーマ:予言の自己成就・アナウンス効果

第2部(夜間部)の学生に授業中書かせた感想文の抜粋。
後期になったらこういうものを紹介する作業はやめようと思っていたが,学生が「ほかの人の書いたものも読んでみたい」というものだから,斉藤は疲れた体に鞭うってキーボードをたたきました。教員の鑑!と自賛したい。

 

私はあまりというか,ほとんど政治のことは知りません。でも,ひとつ最近気になることがあります。
それは,近頃というか冷戦が終わってから急にニュース番組や新聞にでてくるようになった北朝鮮のことです。これまではソ連のあやしいところがよくTVで報道されていたのに,最近はその穴を埋めろとばかりの勢いで北朝鮮ざんまい。
こんなに情報が流され続ければ,いくら無頓着な私のアンテナにだってかかってきます。そして無知な私は北朝鮮をかなり危ない国だと信じ込んでいます。これまでは北朝鮮のことなんてちっとも知らなかったのに。
眼中にもなかった国がTVや新聞で目にしたり耳にしたりしているうちに,かなり気になる国になっているなんて,すごいです。知らないうちに洗脳されているようで怖い。


予言の自己成就の話で,銀行がつぶれるという噂の話があったけど,先月は文化祭のゲストについて私の友だちの間でも噂が流れました。それは,ゲストは“山崎まさよし”で,すでにチケットの予約が入っているらしいというものです。友人はそれが噂だと知ったとたん,すごく落ち込んでいました。
それから新聞にものっていたけど,夏の北埠頭のカップル狩りの話。これはアナウンス効果なんでしょうか。それとも予言の方かなー。まあ,噂でよかったけど。
それと,人って何で噂が好きなんでしょうか。私も好きなんですけど,よく主婦の人たちがずーっと話し込んでいるのを見ると,“あーはなりたくない”と思います。何か淋しくって……。他にすることないのかなぁ。

最初,働きながら学校に通うことを申請したとき,総務は難色を示した。すったもんだの末,幸い許可が出たものの,勤務時間に支障をきたさぬようと釘をさされた。直属の支配人に頼み込み,月〜金は昼までのシフトで回してもらい,土日はフルに働くという提案をして,何とか認められた。
そういう経過があったものだから,大学に通い始めた数カ月は,スタッフ,マネージャーなどに「学校には行ってるの?」とか「まだ学校は続いてるの?」とか,よく言われた。
朝5時に起床して,会社で2時半まで働き,学校で講義を受けて,夜11時に就寝というパターンはきつかった。神経もすり切れて,ギリギリ体力も限界というときに,このスタッフの言葉が私に「ここでやめたらすごい屈辱を味わう」「ここでやめたら職場での俺の立場は地に堕ちてしまう」と思わせ,必死で学校に通わせ,必死で仕事をこなさせた。「学校に行ってるから,ろくに仕事もしない」などと言われたら,たまったもんではない。
いわばアナウンス効果により,私は仕事で学問でがんばりとおすことができた。今は仕事がバリバリできるようになり,職場は楽しい,講義はおもしろい,の相乗効果で,充実した人生のひとときをおくることができている。

私はバイト先で少し男の先輩ともめたことがあって,そのとき陰で「あいつは働かない」とかいろいろ悪口を言われた時期があった。私は私なりにがんばっているつもりだったのに,たまたまその人にはサボっているところばかり見られていたのかなと思うと,くやしくてたまらなかった。
私の全部を知らないくせに,勝手に私を決めつけて,みんなに言いふらしているその人がどうしても許せなくて,「ぜったい見返してやる」と思い,それからしばらくはいつもがんばって,いつどこを見られても働いているなと分かってもらえるよう,本当に息抜きもせずにがんばった。今はその人も私のことを認めてくれて,仲良くしている。
でも,偏見がその人一人ではなくて,まわり全体のものだったら,私も立ち向かえていたかどうか。もし,そんな状態に出会ったとしたら,それでも自分を見失わないでいたいなと思った。

いじめが行われているとき,周りの人から見れば,いじめる側といじめられる側のどちらに非があるか分からず,ただ,いじめる側がいじめられる側に何らかの悪意を抱き,いじめを始めたらしいということが分かるだけです。
下手にちょっかいを出して,自分にまで災厄が及ばないようにと,見て見ぬふりを続けていくうち,特にいじめる側に社会的な力があればあるほど,なぜか「いじめられる方がよっぽど気に障ることをしでかし,それが元でこんなにもいじめられるんだろう」という意識がでてきて,いつしか定着し,いじめられても当然というような感覚にすりかわっていく。たとえ初めのうちはいじめられる子をかばっていた子でも,周りの大勢にいつかは倣ってしまう。
自分でよく考えることを怠ってしまうと,真実が何であるかが不透明なものにおおわれて見えにくくなり,その状態に慣れると今度は真実などどうでもよくなってしまう。

予言はだましあいだ。テレビなどのメディアは裏ではものすごく腹黒いことをやっていると思いました。でも,自分が人を踊らせる側なら楽しいと思う。とんでもないことを流行させてみたい。

私の職場(郵便局)では毎年10月の中旬に“お客様感謝デー”と言って,あめのサービスをします。もちろん目的はお客様に来ていただいて,郵便局をもっと利用してもらい,貯蓄してもらおうという“裏”があります。
感謝デーの1週間ぐらい前から,チラシやポスター,郵便でのお知らせなど,あらゆる手段で情報を流します。すると,その日,いつもの2倍から3倍のお客様が訪れます。
「何かいいものをくれるんでしょ」とニコニコ顔の人。「誰々さんに聞いてきたのよ」という人。「ただでくれるって聞いたから」と大声をだす人。
ちょっとの宣伝(アナウンス)で,こんなにも効果が出るとは不思議なものだと思います。

私は流行のものとかにほとんど興味がありません。そうゆうものが私には意味あるものに思えないからです。なので,マニアックなはずれた曲とかの方が気に入ってしまうし,性にあってるみたいです。なので,世間一般にかっこいいとか言われている木村拓也とか,どこがいいのだろうかと思ってしまいます。
でも,社会とゆう枠組に入っていないととても不安だとゆうことを身をもって体験したことがあるので,そうゆう点も含めて今こうして学校に来ているようなところもあります。社会はめんどうで,でも必要で,こうゆうレポートを書くときに,上手な人はとりたててその物事について良いとも悪いとも書かずに中性的に文章が書けたりするんだよなぁと思うことがあり,中間的なこともまたいいものだと思うのでした。

最近,兄貴と昔流行したプロ野球ゲームをした。
兄貴は勝ちにこだわり,1敗でもしようものならすぐに何回でも挑んでくる。私の方は勝とうという意識よりも楽しめればそれでいいと思うように変わってしまっている。
兄貴はボール球のストレートを“よっしゃ”のかけ声であたかもストライクのように見せ,三振をとろうとする。なるほどなと思う。私は兄貴が子どもの頃のままだったのをとてもうれしく思った。