文化の違い

第2部の講義(98年4月14日の「現代社会論」)中,上記のテーマで学生に書かせたレポートを数人分(めだったもの)を紹介しよう。

私はここ1年で2人の男とつきあった。いま1人とは別れて1人とは続いている。別れた男とは半年しかもたなかった。つきあってた時はたしかに好きだったはずなのだが……。別れようと決めた最大の理由はテクニックだろう。「ヒマだ。どっか行きたい」と言うと,なぜかホテルにつれて行かれた。半年もつきあったのに結局どこにも行かなかった。マジで。
 しかも相手の家につれて行かれた時,親がいないのをいい事に,また犯られてしまった。親が帰ってきたらどうするのかと私が言うと,返ってきた答えは「5分で終わらせるから」。私は何度目かでようやくキレて,ごちゃごちゃのすえ別れた。ヤツは私のことを解っていなかったどころか,解ろうとする努力もしなかった。
 今の男とつきあいはじめて驚いた。前の男では「男はやると変わる。男ってこんなもんか」と思ったものだが,今の男は良い方に変わってきている。ナニの大きさはよく見ていなかったが,感じ方はぜんぜん違う。前の男が悪すぎたのか,いまだにわからないが,今の男は私を理解しようとする姿勢がある。私の中にあった「男=自分勝手なもの,女=ふりまわされるもの」という考えはふっとんだ。いい発見だった。今の男とは接するたびに新鮮で驚かされる。が,悪い方に変わったらという不安がいまだに頭には残っている。

今までで一番ショックというか嫌だったのは,別れた女が他の男と目の前でいちゃついた時です。ベッドの上ではあんなにかわいくしていたのに,あれは演技だったのか。女は何を考えているのかわからないので,自分の気持ちを示すのがちょっと恐いです。

自分に見える「色」は他の人から見ればどんな色なのか。よく太陽を小さい頃は「赤」で描いたりしていましたが,「黄」や「オレンジ」で描いている人もいます。それは感性の違いなのかもしれませんが,もしかすると私には「赤」に見えているものが他の人には「青」に見えているのかもしれません。他人の目を借りて見れば,違う世界が広がっているのかもしれない。

鹿児島では「酒」と言えば出てくるのは焼酎である。方言で「そつをのんが」とは「焼酎を飲もう」を意味する。
 私が東京に就職したときのことだが,歓迎会で上司から「酒」と言われ,私が日本酒をお湯割りで出すと,お礼に「ばかやろう」という言葉をいただいた。このとき初めて日本酒は割るものではないということを覚えた。

20才のとき鹿児島から東京まで自転車旅行をしたことがある。野宿をしながらの旅である。
 駅で寝ている浮浪者,一夜をダンボール箱の中ですごす人,それでいてやけに難しい本を読んでいる人,こうした人々を何も意識せずに通り過ぎてゆく通行人たち。「何なんだ」という気持ちでした。自分も通りすがりの人の意識にも入らない存在なのか。気になるところでした。
 今はというと,これが不思議なもので,学習(体験)のおかげか慣れたせいなのか,私自身が「意識せずに通り過ぎてゆく通行人」になりつつあるようで,これもどうしたもんか?