資料3
深谷シネマ訪問記
小さな町の小さな手作り映画館として,また,映画館を活用したまちづくりの成功例として,全国的に有名な「深谷シネマ――チネ・フェリーチェ」を訪ねた。
深谷シネマは,元さくら銀行の建物をそのまま利用し(ロビーがホール,金庫室が映写室になった),1階の1スクリーンのみ,客席数50のミニ劇場である。料金は大人千円と安く,上映作品も小品・佳作・名作が並ぶ。これで経営が成り立っているのだから不思議だ。そのわけを知りたくて,この二月,所用で上京したついでに足を伸ばした。
深谷市は人口およそ15万人。埼玉県の最北部にあり,隣の群馬県名物のからっ風が県境を越えて吹きつける。JR深谷駅は恐ろしく立派な建物だが,駅前にはほとんど通行人の姿がない。月曜日の正午過ぎである。映画館を訪問する前に,町全体の様子をうかがいたくて,ホテルのフロントで「繁華街はどこですか?」と尋ねたら,郊外にあるイトーヨーカドーを教えてくれた。せっかくなので,そこにもいちおう行ってみた。駅前から30分おきに出る無料送迎バスに乗ると10分ほどで着く。やや小規模のショッピングモールであった。驚いたのは,このイトーヨーカドーの前に建っていた大きなパチンコ店がつぶれていたこと。鹿児島では考えられない。鹿児島では他の店はつぶれても,パチンコ店だけは元気に生き残るはずのものだからである。
まちなかの映画館
深谷シネマはJR深谷駅から 400mほど北上し,中山道(旧道)と交わる十字路の近くにある。
その旧道に点在する味わい深い建造物(空襲を免れた商家)あれこれが,本来の「まちなか」はここだぞ,と無言で訴える。じっさい,市と商工会議所がともに「まちの活性化」をうたうとき,この旧い通りでの「にぎわい」復活を狙う。その起爆剤として選ばれたのが映画館であった。
2001年,深谷商工会議所の商店街活性化事業に竹石研二さん(NPO法人 市民シアター・エフ代表)が委員として加わり,「空き店舗を活用した映画館の運営」を提案して実現させた。
建物は市から借り,管轄は商工会議所で,運営はNPOが行う。つまり,市民と企業と行政がタッグを組む。この形が評価され,国と県から 800万円の補助金が出た。これは全額,改装費に使われた。
映写機・スクリーン・音響機器・イスなどは全部中古品でまかなったというが,その費用の総額300万円は個人や商店からの寄付による。(う,うるわしい)
深谷シネマは,個人の熱い思いと,民間ならではの機動性と,行政機関の手堅いサポートを合体させて,2002年7月にオープンした。
映画は週替わりで1作品が,毎日4回,定時に上映される(10時半,13時半,16時半,19時半)。客数は1日平均80名,月間では2500名ぐらいだと聞く。超ミニの映画館でありながら,人件費なども含め採算がとれているというのもすばらしい。
いわゆる二番館である点も特徴だそうだ。シネコンでのロードショーが終わり,かつ,DVD化される前の作品を上映する。県北エリアで上映されなかった作品のなかから,アンケートなどを基に選択される。あまりマニアックにならないように配慮されている。
こうして,いまではヘビーユーザー(固定客)が 4000人を超えるまでになった。人口が鹿児島市の4分の1ほどの町で,この数字だから驚く。
教えられたこと
NPO法人市民シアター・エフは2000年から約1年間,同じ旧中山道沿いで「フクノヤ劇場」という映画館を運営した。3階建てのフクノヤ洋品店が閉店したので,その2階の空きスペースを借り受け,前方に畳を敷き,後方にはパイプ椅子を置いて約60席の「仮設映画館」が作られた。
最初の上映作品は田中絹代主演の「愛染かつら」(1938年)。1週間で1150人が来場したという。映画を愛する高齢者が多いこと,しかもお年寄りたちは終映後も立ち去らず,お茶やお菓子で昔話に花を咲かせていたこと,この光景をみて竹石さんは膝を叩いた。
高齢者は映画を観たがっている,話したがっている,集まりたがっている,こうした要求に応えるのが町の映画館の重要な役割なのである。
フクノヤ劇場は,建物の老朽化と消防法の関係で閉鎖を余儀なくされた。そして1年半の雌伏のときを経て作られた現在の深谷シネマは当然その理念を発展させる。
チケット売り場はお客とスタッフが気軽に会話できる場になっている。スタッフ手作りの資料棚と作品解説の掲示などもほのぼのとしている。
この3月初めには「労働問題を考える映画週間」と銘打ち,昔の映画「蟹工船」と現代のドキュメンタリー「フツーの仕事がしたい」が併映される。この2本を連続して観る人には軽食がサービスされる。これもスタッフの手作りである。
町に手作りの映画館をつくりたい,という竹石さんの夢が,いまやスタッフ全員によって共有され,それが人々の心を打つ。
鹿児島に戻って
2月26日,鹿児島市の中央公民館で「まちづくり」フォーラムが開かれ,We love天文館協議会の会長はシネコンの構想を語った。
フォーラムでの話によれば,天文館のシネコンは50以上のシミュレーションで《科学的に》検討して承認したプランだそうだし,20億円を超える建設費用を調達するための努力も相当なものらしい。もう後戻りはできまい。
私たちもその成功を祈るばかりである。
三つ目のシネコンができても,やはり私たちは独自に小さな映画館をつくるしかないことがわかった。深谷市と違って,鹿児島では市も商工会議所もシネコン計画にしっかり絡んでいるみたいだから。
フォーラムでは,藻谷浩介氏(日本政策投資銀行)による基調講演も参考になった。
氏はいう。
「同じ品揃えの大型店ばかり増やしても,まち全体の売り上げ増にはつながらぬ」
「高齢者の貯蓄を消費にまわす需要創造こそが肝要」
「ユニークなものを売る小さな店のある路地裏ネットワークを増やそう」
「内需回復は遅れているのではなく,高齢者に売れる種類の商品は今でも十分に売れている」
おお,これは深谷シネマの竹石さんが語ってくれたことを,別の言葉で表現したもののように思える。
ますます勇を鼓してミニシアターづくりに励むべし,との天啓を受けた気分。まことにめでたい。
(鹿児島コミュニティシネマ通信・第13号=2009年3月号所収) |